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創立当時の校舎(1924)
松山高等商業学校時代の授業風景
久万ノ台陸上競技場
樋又キャンパス
73,000
1963年 商経学部経済学科 卒
株式会社愛媛新聞社
取締役相談役
野本 武男 さん
NOMOTO Takeo
記者に憧れて新聞社を受験すると、「愛媛新聞」紙が配られ、どの部分でも任意に選んで書くようにと作文が出題されました。「人の行く裏に道あり…」と考え、記事ではなく広告を取り上げて書いたところ、そのためか(記者希望だったのに)広告要員として採用されてしまいましたが、これが私の社会人としてのスタートとなりました。
大学は、クラブ活動(空手部)で日々疲れ切って帰り、勉強する余力は残っていなかったので、低空飛行のまま何とか卒業だけはさせてもらったようなものでした。ビジョンと言った気のきいたものはありませんでしたが、ただ、どんな苦しみでも耐えてみせるぞ、という気概だけは持っていました。
空手の練習は、苦痛に抗してどれだけ耐えられるかが基礎になるので、その点だけは誰にも負けないぞと自らを鼓舞し続けてきました。今では、バカの一徹も悪くないなと思っています。
ビジネス界で活動するには、「三実」はいずれも欠かせない重要な要素です。特に、「真実」や「誠実」を標榜する大学は多いですが、「実用」と言ったロマン色のない訓言はとても貴重だと思います。
創立100年を迎える松山大学ですが、これからも、骨がましくても頼りになる実務者を輩出し続ける大学であることを期待しています。
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1999年 人文学部英語英米文学科 卒
三井住友海上火災保険株式会社
土佐 礼子 さん
TOSA Reiko
松山大学卒業後、三井住友海上(当時:三井海上)に入社し、女子マラソン選手としてキャリアを積みました。2001年エドモントン世界選手権銀メダル、2004年名古屋国際女子マラソン優勝、2004年アテネ五輪5位入賞、2006年東京国際女子マラソン優勝、2007年大阪世界陸上銅メダル、2008年北京五輪に出場するなどし、引退後はアドバイザーとして後進の育成にあたるほか、ゲストランナー、講演会などを通じ走る楽しさを発信しています。
松山大学では英語英米文学科に在籍していました。英語はそれほど得意ではありませんでしたが、友人たちと楽しい時間を過ごすことができました。課外活動では陸上競技部に所属し、大学3年生の時に先輩と共に出場した愛媛マラソンで優勝しました。これらの経験を通して、人間力を磨くことができたと感じています。 在学中は、「素直さ・謙虚さ・感謝の気持ち」を大切にした4年間でした。そのころの人と人のつながりや縁が、今も人生を豊かにしてくれています。 陸上競技では、高校卒業後に実業団に進んだ選手がどんどん結果を残す中、羨ましいと感じることもありましたが、大学時代、焦らず地に足つけて毎日を過ごしたことが結果に繋がりました。
校訓「三実」は、社会人になった時の行動指針として常に心にあります。私は大学卒業後、マラソンを通して多くの方に応援していただきました。応援していただくことが、最後の頑張りに繋がりました。人はひとりで生きていくことはできません。引退後もこの校訓三実を胸に歩んでいきたいと思います。
後輩たちが全日本大学女子駅伝で日本一を成し遂げてくれました。大西監督が常に言われている「松山大学だからできること」「地方だからできること」がまだまだあるはずです。地域に愛され、「松山大学に来て良かった」と実感して社会に羽ばたく人材をこれからも育て、卒業生が誇りを持つ母校であって欲しいです。
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2011年 人文学部社会学科 卒
株式会社オサレカンパニー
広報部 広報
安達 舞 さん
ADACHI Mai
就職を機に上京し、一度の転職を経て2013年に現在の会社へ入社しました。未経験のエンタメ業界でしたが、会社の立ち上げ期に携われる機会はそうないと思い、飛び込んだのがきっかけです。様々な業務を経験させてもらったのち、2016年からは広報・PR業務を担当しています。
大学時代は良くも悪くも自由が多いため、全ては自分の行動次第で変わるという事を意識しながら過ごしました。何か新しい事に挑戦したり、環境を少し変えてみたりする事が楽しくて、「今(大学4年間で)、ここ(松山)でしかできないことをやる」が自分なりのテーマでした。
多くのことを学びましたが、特に、インターンシップ活用の講義で「社会人は毎日楽しくて仕方がない。早く皆にもこの楽しさを知ってもらいたい」と語られていた講師の方の言葉が今でも印象に残っています。 「三実」は、長年語り継がれる校訓でありながらも、現代社会においても大事な教訓として色褪せていない点が素晴らしく、社会人になった今でも心に響く部分が多くあります。本学卒業生として、今後も胸に刻みながら生きていきたいと思います。
松山大学は、100年という歴史を感じさせないくらい、常に新しい事にチャレンジしているイメージがあります。創立100年、さらにその先110年、120年と新しい挑戦が続いていくことを楽しみにしています。今後ますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。
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2012年 薬学部医療薬学科 卒(一期生)
日本赤十字社
松山赤十字病院
宮岡 羽純 さん
MIYAOKA Hasumi
大学までずっと松山で過ごしてきたこともあり、恩返しをしたいという思いから地元で就職しました。また、多職種協働のチーム医療の中で薬剤師として力を発揮したいという思いがありました。
入学当初は、祖母が看護師として長年病院に勤めていたこともあり、病院に就職できたらなと漠然と思っていた程度でしたが、病院・薬局での実習や先生からの情報提供、学生同士での情報交換などを通して、少しずつ自分の未来について具体的に考えるようになりました。
特に研究室に配属となってから、あいさつや礼儀など人と接する際の基本的な部分について改めて学び、その重要性に気づくことができました。就職後、患者さんや医療スタッフなど人と接する機会は多く、良好な関係性を築くためのコミュニケーションの基本であるといつも感じています。 「三実」は、社会人としての自分のあり方を考えるにあたり、学生時代よりも深く感慨を覚える校訓です。薬剤師には、常に新しい情報を得ながら薬学を究め、仕事に生かし、患者や医療スタッフと誠実に向き合っていく姿勢が必要です。まさに「三実」に示されている態度をこれからも持ち続けたいと思っています。
松山大学は、90余年という歴史と伝統を継承しながらも、2006年には薬学部誕生、2016年には新キャンパスオープンと進化を続けている大学であると感じています。全国で活躍されている多くの先輩方が、松山大学での思い出を誇らしく語られるように、これから卒業される皆さんもずっと誇りに思えるような大学としてますます飛躍していくことを期待しています。
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2016年 経済学部経済学科 卒
株式会社ウィルグループ
トライアルオファー部 部長
松井 秀樹 さん
MATSUI Hideki
弊社には、年1回開催の全社員対象の公募制社内ビジネスコンテストがあります。そのビジネスコンテストでグランプリを取り、実際に事業としてスタートしたというのが現在の仕事に至る経緯です。数ある企業から株式会社ウィルグループを選択したのもこのビジネスコンテストが最大の要因でした。
1、2年生の頃は、仕事と遊びばかりでテスト期間しか学校に現れないような学生でした。3年生くらいから社長になりたいという夢が明確になり、それに向けて勉強するのに大学という環境を使わないのは勿体ないぞと気付きました。図書館に籠ったり、経済学部でしたが経営学部の講義を受講したり、教授には事業計画書を見せたりと松山大学の資源を思う存分活用しました。
やりたいことを勉強するのに、大学は最高の場所だと気付けたことが1番の学びです。教授は、聞けば必ず答えを返してくれるその道を極めた専門家であり、講義以外でも沢山の機会を提供してくださいました。 自分の捉え方次第で、どんな人も応援者となることに気付けたことは貴重な経験です。
「三実」は、在学中に限らず、より良く人生を生きるために必要な言葉だと思います。「真実」:大学生になって沢山の情報が入ってきますが、その奥にある真実を知る、知ろうとすることは情報社会の昨今では大切だと感じます。「実用」:講義でも普段の生活に活かせる内容は多く、活用してみることで本当の習得になると思います。「忠実」:立場や地位に限らず、人としてどうなのかという目線は、何をする時でもとても大切だと感じます。
これから100年、その先に続いていく松山大学には、今よりも更に誇れる大学になることを期待しています。今でも四国では誰もが知る有名大学であり、誇らしい実績も多くありますが、今後は、全国規模で有名な大学になって欲しいなと思います。私も、輝かしい功績を残し、松山大学を有名にする一人になれたらと思っています。
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2004年 経営学部経営学科 卒
学校法人松山大学
経営学部経営学科准教授
麓 仁美 さん
HUMOTO Hitomi
松山大学を卒業後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程・後期課程を修了し、博士(経営学)を取得。現在は母校松山大学で教鞭を執っています。
大学時代は、ただ漠然と、専門性を高めたいと思っていたのと、結婚・出産を経ても働き続けられる職業に就きたいと考えていました。学者を志すために大学院に行こうと決めたのは、4回生になるかならないかの時期だと思います。
大学生活では、「自由」の素晴らしさと怖さを実感しました。大学では自由な時間がぐっと増えます。目標ややりたいことが見えていれば、その時間を使って打ち込むことができますが、それが見つけられなければ、貴重な時間を無駄に過ごしてしまうことになります。高校までは、やるべきことをある程度学校や先生、親が決めてくれていましたが、大学では授業から自分の将来に至るまで、全て自分で選択しなくてはなりません。 選択肢の「自由」、時間の「自由」…毎日直面する「自由」を通して、自分の人生に対する責任を学んだように思います。
正直、大学在学中は校訓「三実」について考えたことがありませんでした。しかし、大学院に進学し、研究や調査を行う中で、「三実」の重要性に気付かされました。研究では「真実」が大切であり、調査を行う上では「忠実」が欠かせません。また、調査で見出された結果は、「実用」に基づいて、社会に還元していく必要があります。どの職業においても、「三実」は根幹にあるものかもしれません。私と同じように、社会に出てからそれに気づく人は多いと思います。
100年を超えて続いていく松山大学ですが、今と変わらないでほしいと思います。学生と教員との距離感やほのぼのとした雰囲気、図書館や研究室の充実した環境など、他の大学と比較してみても、松山大学には良い伝統が残っていると思います。時代の変化に対応するエネルギーを持ちながらも、そういった良い伝統を守り続けてもらいたいです。
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2001年 経営学部経営学科 卒
株式会社愛媛朝日テレビ
営業局営業部副部長待遇
矢野 勝嗣 さん
YANO Masatsugu
松山商3年のときに夏の甲子園で優勝したのですが、決勝戦での「奇跡のバックホーム」が話題となり、大学入学後も毎年夏になると取材をしていただきました。やがて取材する側であるマスコミに興味を持つようになり、愛媛朝日テレビに入社しました。入社後は本社や東京支社で主に営業を担当していますが、2014年・15年の2年間は報道制作局に配属され、高校野球の取材に携わることができました。
大学4年間は野球中心の生活でしたが、野球で就職できるとは思っていなかったので勉強との両立を心掛けました。主将になった4年生のときに春の明治神宮大会(全日本大学野球選手権大会)に出場できたことが、学生時代の最高の思い出です。当時、80人前後の部員がおり、野球の技術的なレベルはもちろん、野球に対する考え方も一人ひとり違っていました。主将としてチームをまとめるのに苦労しましたが、いろんな人の話を聞き、自分で考えるようになったおかげで視野が広がりました。また恩師から「高校時代のことは過去の勲章として大切にし、今は大学時代にしかできないことに挑戦しろ」という言葉をいただいたことで、自分自身をしっかり見つめられるようになりました。
校訓「三実」は、今でも私の仕事の基本となっています。営業はお客様に対し「真実」を包み隠さず伝えることが必要です。また謙虚さを大切にし、お互いの意見を尊重しあう関係を築かなければならないのですが、「忠実」という言葉にはそのために不可欠な要素が凝縮していると思います。さらに「実用」の教え通り、生活や仕事の役に立つ情報をテレビを通じて届けていきたいと考えています。
営業をしていて感じることは、周りに松山大学出身の方がとても多いということです。これは松山大学の長い歴史の賜物であり、これまで何度も助けていただきました。これから創立100周年に向け、今度は私自身が後輩たちの役に立てるよう、より一層頑張っていきたいと思います。
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