Creation-159号
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松山大学があったから今の自分が存在している 私は俗にいう苦学生で、大学時代は寮生活もしていたんです。寮では校歌を歌う機会が非常に多かったのですが、松山商科大学の校歌には「校訓三実、我が身に体して」という歌詞があり、「校訓三実」の言葉は40数年経った今でもしっかりと心に刻まれています。また、今の私があるのも、松山大学があったからだと思っています。と言いますのも、1年次生の時に学生食堂が値上がりするという話が持ち上がりまして、家の事情もあって仕送りの少ない私にとっては死活問題でした。当時は業者さんが入っていたのですが、それならばいっそ大学生協で直営し、もっと安くて美味しいものを提供してはどうかという意見が持ち上がりました。私は生協の学生委員会の委員だったので、寮生を巻き込んで熱心に活動をしました。結果、2年の秋に学食を大学生協が運営することになり、私も大学生協の理事に就任し、卒業後はそのまま母校の生活協同組合に就職しました。その後、愛媛大学生活協同組合を経て、えひめ生活協同組合(現・生活協同組合コープえひめ)に入ったのですが、学生時代の活動がすべてのベースになっていることを実感しています。 当時、前学長の神森先生も大学生協の運営に関わっておられて、「大学は、生協を『学生が経営を実践する場』として考えている」と話しておられたんですね。まさに三実主義。授業で学んだ経営の理論や考え方を生協で実践したというわけです。問題点を見つけて、みなで解決方法を探し、それを実践していく。今、携わっている仕事も基本的には学生時代に取り組んだ生協の運営と同じ。そういう意味では、私は非常に有意義で幸せな学生時代を送れたと考えています。社会に出て知らず知らずに実践していた「三実主義」 コープえひめに入協した時は5、6名の職員が商品開発から協力業者や組合員の開拓、配達まで奔走していました。非常に大変でしたが、当時は今とはまた違った形で「食の安全」についての問題が持ち上がっており、安心できる食材を探し、作るという我々の考えに賛同して下さるお客様や生産者さん、業者さんがどんどん増えていったのが心強かったです。そして自分の社会人生活を振り返った時、知らず知らずに「三実主義」を実践していたことに気付きました。まず「真実」は、真理を求める探究心。我々でいえば、安全な食品を探求し、環境に配慮した暮らし方を提案することがこれにあたります。次に「忠実」。これは誠実に誠意をもってということですが、組合員と職員のコミュニケーションを緊密にし、消費者の立場に立った商品開発を行い、組合員の声に応え続ける姿勢につながります。そして「実用」は、単に組合員の暮らしに役立つだけではなく、住み良い地域社会への貢献をも果たしていくことを表しています。私たちが所属する国際協同組合同盟(ICA)では「誠実・公開・社会的責任・人への配慮」というスローガンを掲げていますが、その目指すところもまさに三実主義そのものなのです。 お蔭様で私が入協した当時の組合員さんは約2000世帯でしたが、今は約22万4000世帯まで増えています。私自身、この組織の中で頑張ってこられたのも「三実主義を旗印に教育を行っている松山大学で学ばせて頂いた結果だ」と胸を張って言うことができます。今、私たちの組合には70名の松山大学OBがいますが、それぞれが日々の業務の中で、三実主義を実践して欲しいと願っています。生活協同組合コープえひめ理事長大川 耕三氏昭和47年松山商科大学経済学部卒業、同年松山商科大学生活協同組合に就職。愛媛大学生活協同組合を経て、昭和57年にえひめ生活協同組合(現・生活協同組合コープえひめ)に入協。常務理事、専務理事、副理事長を歴任し、平成11年に理事長に就任。社会人生活の中で自己実現することができたのは三実主義を旗印に教育を行っている松山大学で学ばせて頂いた結果です。(1972年 松山商科大学経済学部卒)

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