Creation-165号
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 私の研究対象は食中毒を起こす細菌(バクテリア)の生き残り戦略。1980年頃からずっとバクテリアを相手に研究しています。1980年代初めに遺伝子クローニングなどの研究が盛んになってきて、遺伝子の何を研究するかという時に一番インパクトがあったのが「細菌の鉄獲得系」でした。 鉄はご存知の通り、必須ミネラル(金属)。どんな生物もミネラルがないと生きていけない。でも、そういうものを体内で作り出そうとしても絶対に無理、必ず外部から取り込まなければいけないんです。ヒトも微生物もみんな鉄がなかったらダメなんですね。バクテリアが病原性を発揮できるのは宿主体内で鉄を獲得し、生存・増殖できるからなんです。 私達は毎日ご飯や空気と一緒に沢山のバクテリアを取り込んでいる、でも病気(感染症)にならない。それは私達の体の中にはバクテリアをやっつける防御機構があるからです。その一つが生体中の遊離鉄濃度を極度に低く保ち、バクテリアに鉄を利用できなくし、感染を防衛する方法です。そもそも鉄を獲得できる能力がないとバクテリアは体の中で増殖できない。増殖することが感染の必要条件です。鉄を獲得する手段を持っている、つまり宿主から鉄を奪うことのできるバクテリアが病原菌となりえる訳なんです。食中毒細菌とか経口感染菌は宿主中で増殖でき、感染症を引き起こすのは、それぞれに特異的で、強力な鉄獲得系を持っており、同時に、鉄欠乏であることをバクテリアが感知して、細胞障害性毒素や溶血毒を即座に産生するからなんです。これらの毒素は宿主の粘膜細胞や赤血球に作用して鉄源(私達の体の中の鉄はほとんどがタンパク質に強く結合しており、そのままの形では細菌は利用できない)を遊離・供給します。そして、それから鉄を奪い取ることになるのでほんとに理にかなった戦略です。しかし、毒素を沢山作るだけで病原性を発揮できる訳でない。毒素を作り、かつ宿主内で生き残る術を持つ菌が、感染部位に定着し、増殖して色々な毒素を産生し、病気を引き起こすことができる。効率良い鉄獲得の仕組みを持っているということが細菌感染症を引き起こすための必要条件であることが分かったのです。 「腸炎ビブリオ」って聞いたことあるかと思いますが、海産魚介類を汚染して夏場によく食中毒を起させる細菌です。この腸炎ビブリオは鉄を獲得するためにビブリオフェリンという化合物を作り出しますが、これはものすごく鉄を引っ付ける。そして、同時に鉄欠乏に呼応して発現する受容体を介して鉄を素早く取り込む回路を作動させる。他の細菌やカビ類なども独自の化合物を作って鉄を獲得しようとして細菌とヒトの葛藤:細菌の生き残り戦略から感染症防御の方策を追求する細菌の感染と鉄獲得能微細なバクテリアから遺伝子進化の過程を垣間見る「鉄獲得系」という遺伝子の働きを手掛かりに細菌へアプローチCREATION 〈No.165〉 2010 Spring

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