Creation-165号
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【略 歴】兵庫県生まれ1964年大阪薬科大学卒業1966年大阪大学大学院薬学研究科修士課程修了後、兵庫県衛生研究所研究員1971年岡山大学医学部薬学科助手、岡山大学薬学部助教授、教授を経て2006年岡山大学大学院医歯薬総合研究科教授定年退職2006年松山大学薬学部教授【専 門】衛生化学、細菌分子遺伝学【授業担当】公衆衛生学、衛生化学Ⅰ、毒性学、衛生薬学実習、薬学英語Ⅰ薬学部教授衛生化学研究室薬学博士 山本 重雄Yamamoto Shigeoいるんですが、大変興味深いことに腸炎ビブリオは他の微生物が作ったものを横取りして利用することもできるんです。現在すでに3種類のものを利用することが見つかっています。このことは自然環境中で他の微生物と鉄を取り合ったりする場合に、大変有利になります。ところが、鉄が豊富な状態ではこれらの「鉄獲得系」は一切発現しません。鉄欠乏の時にのみ、ビブリオフェリンを作って必死になって鉄を獲得しようとします。他の微生物が作ったものでは、それが培地の中にある時にのみ、取り込み系を発現することもあります。すなわち、あるかないかを感知して、必要に応じて取り込み系を発現する、全くムダがありません。ほんとに、こいつはものすごいヤツなんです。 鉄を取り込ませない、ビブリオフェリンを作らせない薬を開発すればこいつによる感染症を特異的に抑えることができる。また、鉄獲得系の色々な遺伝子やタンパク質はこいつに特徴的であるので、特異的な検出法に利用しようとする試みも行っています。さらに、直接的に鉄獲得に関係しない複数の遺伝子が鉄欠乏に呼応して発現することも見つかっています。それらの機能解析も大変興味深い課題なんです。 30年以上細菌遺伝子の研究を続けてきたけれど、やっててホントに地球の多彩な環境変遷を感じますね。バクテリアが生まれたのが35億年程前、現在の人類は生まれてからわずか20万年。地球が誕生してから大きな環境変化が何度もあったけれど、その間バクテリアは生き延びてきた。バクテリアは地球の先住者であり、生態系の一部なんです。恐竜の腹の中を経験したバクテリアの先祖もいるかもしれない。鉄獲得に関しては、地球が酸素の世界になって鉄の利用性が大きく制限されるようになって初めて、「これを作ろう」、またある時期には「近くにこんなものがあるなら使ってやれ」といった鉄獲得を図るための遺伝子群が確立されたわけです。そういう遺伝子進化の過程(化石)が研究成果から垣間見られ、悠久の時の流れの中での細菌のしたたかな適応力と生命力が強く印象付けられますね。 バクテリアはヒトを病気にしようとしているんじゃなくて、たまたま体内に入っただけ。入ったらやっつけられるから破れかぶれで毒素を出すように思える。ついでに鉄も欲しい。現在、ビブリオのほかに日和見感染菌についても当研究室のスタッフは、遺伝子の発現機構解明やタンパク質の機能解析など、世界でも最先端の課題解決に日夜取り組んでいる。DNAシーケンサーやフーリエ変換赤外分光光度計など、薬学研究を支える、最新の実験機器が設置されている共同機器センター。鉄獲得系の研究を進めています。例えば、アシネトバクター属菌は肺炎や敗血症を起す菌ですが、抗生物質耐性菌が増大し、医療現場ではものすごく問題となっています。抗生物質は「魔法の弾丸」と呼ばれ、これによって感染症は制圧されると考えられました。しかし、それは錯覚であり、深刻な耐性菌の出現をもたらした。細菌がはむかってきたのです。抗生物質や抗菌剤一辺倒の一網打尽式感染症治療法は限界にきています。新規な攻め口を考えなければいけません。日本細菌学会というものがあるんですが、そこでは病原菌を〝撲滅しよう〞なんておごりの言葉は使っていません。〝細菌との戦いと共生〞を謳っています。毒素産生などをうまくコントロールして悪さをさせないで、素通り願うのも共生の方策の一つでしょう。できることなら私も細菌と友達になって、共生などについてヤツらの言い分を聞いてみたいものだといつも思っています。ヒトも細菌も地球環境が作り出した生き物   永遠のライバル 病原菌といえども撲滅はできない それらとの共生の道を探るのがヒトの叡智である譲り合って互いに生きのびる術をみつけたいCREATION 〈No.165〉 2010 Spring

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