Creation-168号
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【略 歴】1977年広島市生まれ2000年明治大学法学部法律学科卒業2005年広島大学大学院社会科学研究科法律学専攻博士課程後期修了 博士(法学)(広島大学)同年熊本県立大学総合管理学部総合管理学科講師2008年熊本県立大学総合管理学部総合管理学科准教授2009年松山大学法学部法学科准教授(現在に至る)法学部准教授 博士(法学) 古屋壮一        Dr.SoichiFuruya 甲号議案470条は、1895(明治28)年の3月に完成しました。ドイツ民法第二草案については、1892(明治25)年から1894(明治27)年までの間に公定版を含めて現在確認されているだけでも4種類が存在していることが、明らかにされていますが、梅起草委員がそのうちのどれを参照したのかということは、確認されていません。そもそもその4種類の内容が同じなのか、それとも、どのように異なっているのかも、分かっていないのです。甲号議案が起草された際に、ドイツ民法第二草案も参照されたはずですから、ドイツ民法第二草案についても解明されないと、甲号議案470条、つまり民法467条を正確に把握できないことになります。フランス民法は、1804年、ドイツ民法は、1900年に施行されていることを考えると、時代や経済の流れに対応しているドイツ民法もまた、日本法に示唆を与えたといえるのではないかと考えます。いろいろな外国法典を参照して甲号議案470条を起草したのだから、その外国法典の内容を明らかにしないと、民法467条について語ることはできません。私は、民法467条の前身である甲号議案470条を起草した梅起草委員の頭の中を知りたい、何を参照していかなる趣旨でこの条文を作ったのかを知りたいのです。現在、ドイツ民法第二草案の暫定版(公定版よりも先に公表された3つの第二草案)の内容を解明し、公定版と比較してそれぞれの相違を確認する作業を進めています。この作業は、ドイツ民法第二草案を正確に把握することにつながり、梅起草委員がどこまでドイツ民法第二草案について認識していたかを示し、民法467条の解釈論の参考になりうると思われます。 今、民法(債権法)改正への動きが活発化していますが、本来ならば、当該条文の内容と趣旨を理解し、「しかし当該規定に問題点があるから改正しましょう」、となるべきであるのに、当該規定についての理解が不十分なままで改正の議論が進行しています。それは、議論の前提を欠くのではないか、まずは現在の条文についてもっときちんと理解をすべきではないかと思うのです。今後は、前述の作業結果について論文を書き、改正の議論よりもまず、民法467条の内容や趣旨を再確認すべきことを訴えたいと思っています。 恥ずかしながら、私自身、つい最近まで知らなかったのですが、梅起草委梅謙次郎起草委員をはじめ民法の起草にあたった先人の、生々しい言葉が記録された『法典調査会民法議事速記録』。ここから、起草者がどのようにして民法467条を起草するに至ったのかを明らかにする三恩人の1人である加藤恒忠(拓川)の日記や随筆等をまとめた『拓川集』。中には、梅謙次郎起草委員と拓川の親交を示す記録も残っている。員と松山大学三恩人の1人である加藤恒忠(拓川)(妹尾克敏教授(法学部長)によれば、この「拓川」という雅号は、「石手川を隠喩的に表現することによって、自らの出自に対する誇りを表わそうとした」というところに由来するそうです)は、司法省法学校〔1875(明治8)年に設立された官立の法律家養成学校〕の後輩と先輩にあたります。昨年6月に、ある民法学者の先生から「松山大学に拓川の胸像があるそうだが、それを見せてもらいたい」と依頼があり、松山大学や拓川の墓所である相向寺へとその先生をご案内する道中で、拓川と梅の関係を伺ったのです。拓川については、外交官や松山市長といった側面がクローズアップされていますが、実は彼は、法律学も修めていたのです。松山大学法学部は、開設から24年目のまだ若い学部ではありますが、本学創立者の1人が法律学を修めた人物であったことからすれば、その開設は、当然のことであったといえるでしょう。 他にも、民法(債権法)改正の動きが活発化する中で、「民法典論争」の研究で有名な星野通教授(松山商科大学第2代学長)のご業績の再評価も行われつつあり、学外の先生方から資料に関する問い合わせがきています。拓川や星野教授らに関心をもたれている先生方とタッグを組んで、2013年に迎える本学創立90周年に向けて、拓川や星野教授らの顕彰を行うプロジェクトが、法学部を中心に計画されています。 拓川を含む三恩人やその周縁である星野教授といった先人を顕彰することは、「自校史教育」の一環であり、その「自校史教育」によって、先人たちの利他の志や生き方を学生に正確に伝え、学生に「自分たちは、三恩人とその周縁の深い恩にどのように報いるべきか」、「自分は、どのように生きていくべきか」、「自分は、一体何者か」ということをしっかりと考えていってもらいたいと思っています。私もまた、学生とともに「自分探し」を続けていきます。「自分は何者か」を問い続け、「自己を確立しようとすること」こそが、人を幸せにしてくれると思うのです。三恩人とその周縁の再考証CREATION 〈No.168〉 2011 Winter4

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