CREATION_175号
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生に関する研究」と大きなテーマとして掲げていますが、これは脳梗塞や外傷などによってダメージを受けた脳において、神経細胞が死んでいくのを押さえて長生きさせるにはどうすればよいか、探ろうというものです。最近、柑橘の果皮の中に脳に有効な効果をもたらす可能性のある物質を発見し、実用化に向けて研究を始めたところです。この研究に取り組み始めた理由は、愛媛の特産である柑橘を有効に活用したいという気持ちと、油分の多い柑橘の果皮には脳に移行しやすい有効成分が含まれている可能性が高いとの予測があったからです。柑橘類に坑アレルギー作用や発ガン抑制作用があることは知られていたものの、脳に対する効果についてはほとんど研究がなされていなかったことも理由でした。 有効成分のスクリーニングは、神経細胞を培養して行いました。神経細胞は外から刺激を受けると核の方へ情報を送っていきますが、柑橘果皮抽出液を作用させたときにその情報伝達物質が働くかどうかを見ることで調べたのです。その結果、生薬学研究室の協力のもと、陽性を示した柑橘果皮抽出液から有効成分を見つけることができました。現在、いろいろな病態モデル動物を用い、その作用を解析しているところです。たとえば、神経伝達物質グルタミン酸のNMDA受容体は記憶や学習に深い関わりのある受容体として認識されていて、NMDA受容体の拮抗薬をマウスやラットに投与すると健忘症を誘発し、行動パターンの異常をひき起こすことが知られています。このような薬物誘発性一過性健忘症マウスに、私たちが見出した成分を投与すると、異常な行動が抑制され、ほぼ正常な行動が保たれることがわかりました。また、脳梗塞の病態モデルは、頸動脈を一時的に閉塞することで作製できます。このような処置をして脳虚血に陥ったマウスに私たちが見出した成分を投与すると、死亡率の低下、神経細胞死の抑制、神経細胞新生の増加などが認められました。私たちの身体には神経栄養因子と呼ばれる一群の成分があり、NGFはその一つです。神経栄養因子は神経細胞の生存そのものの維持、ダメージからの保護、分化の促進などの働きを担っています。一連の実験の結果、私たちが見つけた成分は、BDNF(脳由来神経栄養因子)と呼ばれる神経栄養因子を増加させる作用をもっていることもわかりました。私の脳神経系領域の研究は神経栄養因子に始まりましたが、神経栄養因子に立ち戻ったという思いです。認知症の治療には、神経伝達物質を増やすことで細胞に刺激を与えて病気の進行を遅らせようとする薬が使われています。また、神経細胞の細胞膜を強化する効果をもつサプリメントなども使われています。これまでに得られた研究結果については特許を申請しました。ハードルは高いですが、将来的には私たちが見つけた柑橘成分が新たな認知症治療薬あるいはサプリメントとなり得るのではないかと期待し、これからも研究を進めていきます。この研究は今まで積み重ねてきた神経系の研究の集大成かな、と思っています。私は大阪の出身ですが、愛媛に移り住むことになって柑橘の種類の多さと、どれも素晴らしくおいしいことに驚きを覚えました。愛媛県が誇る柑橘が活用できれば、また、捨てていた果皮の有効活用につながればという想いも持っています。研究を続けていくためには材料である柑橘の果皮が必要になります。愛媛県のバックアップとともに、柑橘農家の方からは「自分たちのつくった柑橘が役に立ち、いいものが見つかるならぜひ使って欲しい」とご協力をいただいています。研究は実際には思い通りにいかず、挫折の繰り返しでもありますが、諦めないことが何より大事です。私が一番嫌いなのは〝やるまえに諦める〟ということ。学生のみなさんにも困難にぶつかっても諦めることなく、チャレンジ精神を持って夢に向かって進んで欲しいと願っています。柑橘由来成分が脳機能を活性化脳の機能障害に効く治療薬開発に期待1978年11月27日金閣寺にて、スタンリー・コーエン教授(1986年度ノーベル医学生理学賞受賞者)と撮影。コーエン氏はNGF(神経成長因子)およびEGF(上皮細胞増殖因子)の発見により、ノーベル賞を受賞した。CREATION 〈No.175〉 2012 Autumn       4

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