Creation-176号
7/24

 もう一つの問題に、経済のサービス化にともなって正規雇用が減少し非正規雇用が増えるということがあります。非正規雇用が増える理由としては、安上がりだからと一般的にいわれていますが、サービス化が非正規雇用を増やす役割も果たしています。サービス産業では顧客が来て初めてサービスの生産が行われる(生産と消費の同時性)ため、モノの生産なら在庫としてストックすることができても、サービスはストックができません。しかも繁閑の差が激しく、それを正規雇用で対応するのは企業にとって非効率的で、パートタイム労働力に依存しようとする誘因が強く働きます。経済のサービス化が進むことで、現状は非正規雇用がどんどん増えています。 非正規雇用の増加は経済的な誘因だけでなく、政治的な部分もあります。例えば派遣労働が解禁されて自由化が進んできました。1995年には当時の日経連が『新時代の「日本的経営」』という報告書を出し、一部の正規雇用を基幹労働者として、あとは非正規雇用でいいと提言しました。当時は社会主義が崩壊して地球的な規模で市場主義が席巻し、世界市場の中で競争するならコスト削減競争、つまり非正規雇用を増やす方向でないと企業が成り立たないと主張したのです。 1990年代の中頃に20%くらいだった非正規雇用が、今では33%を超えています。これがどういう影響を及ぼすかというと、非正規雇用は所得が少ないため消費需要と税収が減り、結婚もできないため少子高齢化に拍車がかかると民間研究所の分析結果も出ています。個々の企業では雇用に関するコストが削減されるので利益が増加すると考えられますが、個々を足していったとき、本当に経済全体に利益が上がるかというと、実際にはそうならないという現象が起こります(経済学では「合成の誤謬」という)。非正規雇用が増えて正規雇用が減ると正規雇用の労働時間が増え、余暇時間の縮小にともなって消費が減少していくという側面もあります。需要が減少していくので生産が縮小する、成長率が落ちていくということが計算上明らかになってきました。 正規雇用の削減は、残った正規労働者の消費マインドを減退させ、非正規雇用への代替が進むと長時間労働の正規労働者が増加し、消費需要を減少させます。正規労働者の平均消費性向の低下の程度で経済成長率の動向が決まりますが、正規から非正規への代替が行われたとき、平均消費性向がそれほど落ち込まなければ成長率が高まります。しかし、落ち込みがある水準を上回ると、成長率が低下していくという結果が研究によって導き出されてきました。今後、正規から非正規への代替がさらに進んでいくと平均消費性向の落ち込みは大きくなり、物価も低下し続けていくでしょう。ところで、非正規雇用者の賃金を引き上げることは、成長率を引き上げ、正規、非正規雇用をともに増加させ、両者の実質賃金を上昇させる場合があり、雇用環境を改善することにもなります。 現在の社会では、正規雇用の立場から離れると、再び正規雇用者に戻れる確率は年々下がってきています。学生にも「正規雇用として卒業するか、非正規雇用として卒業するのかではまったく違う」とよく言っているのですが、個人的なレベルで賃金が低いというだけでなく、社会全体にとっても大きな問題なのです。それをわかって卒業するかしないかで、人生は大きく変わってくるでしょう。学生が雇用の現状をおかしいと考えるようになれば、社会が少しずつ変わってくるのではないかと思っています。 経済がサービス化していくことで経済成長率がどう変化していくのか、サービス化にともなって非正規雇用者が増えてくると、経済にどう影響を与えるかということを、この10数年間研究をマクロ的な視点で続けてきました。今後は政府の公共サービスとサービス化について研究し、ひとまず経済のサービス化についての研究を完結させたいと思っています。経済のサービス化と非正規雇用の増大73.360.633.732.316.420.220.926.0(出所)総務省「労働力調査」より作成雇用に影響を及ぼす経済のサービス化正規から非正規への代替が生み出す現象非正規雇用比率(左目盛)サービス化率(右目盛)第3次産業雇用者数全雇用者数CREATION 〈No.176〉 2013 Winter6

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る