Creation-179号
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でも自分がソーシャルワーカーとしてそこにいる価値があるなら、ためらわずにやります。アメリカはソーシャルワーカーという専門職を養成する仕組みは今でも№1で、プロフェッショナルとしてのプライドのあり方が日本とはまったく違っていたのです。 医療システムが複雑化・先進化してくると、どうしても非人間的になってきてしまいがちで、専門科目のことはよくわかるけど他のことは全然わからない、というような状況になりつつあります。例えば心臓内科で診察を受けたけれど「実は腰も痛い」というのは言い出せなくて、後で腰の痛みは膵臓ガンが原因だったことが判ったなど、医療の高度化に伴って患者本来が享受できるはずのサービスが受けられなくなってきています。そこにソーシャルワーカーが必要になるのです。また末期がん患者や若くして失明してしまったなど、医学的には手の施しようのない患者を担当させてもらったとき、「ソーシャルワーカーだからこそ、救いを求めている目の前の人にできることがあるのでは」と思いました。 私の講座では、講義・演習・実習の3段階で学生たちにソーシャルワーカーという専門職はこのようなものであるという知識と経験を身につけてもらっています。講義の知識だけでは足りない部分を擬似的に演習し、現場の体験を通して実感するという構成です。実習ではまれに合わない現場や指導者に当たることもありますが、それもまた勉強。現場の良いところも悪いところも勉強してもらい、できればソーシャルワーカーを目指してもらいたいのですが、少なくともソーシャルワーカーという専門職を理解してくれる人間を世に送り出すことが私の役割だと思っています。 しかし学校の成績も良く、授業態度も真面目で優秀な学生がいいソーシャルワーカーとして活躍できるかということは、また別の話になります。専門職の世界 私がソーシャルワーカーへの道を選んだのは、学部生時代に在籍した社会学科でたまたま「社会福祉コース」を選択したことがきっかけでした。当時のソーシャルワーカーの認知度は日本ではまだ低いものでした。しかし実習先が先駆的な病院だった上に、優秀なソーシャルワーカーが実習指導者についてくれるという幸運にも恵まれ、指導を受けた方々の影響からソーシャルワーカーになりたいと思ったのです。 アメリカでの大学院時代に大学病院へ実習に行ったときには、目からウロコが落ちるような体験をさせていただきました。日本では、例えばレセプト計算などを頼まれたときに「これは医療事務の仕事で、ソーシャルワーカーの仕事じゃない」となりがちですが、アメリカではたとえ10%する」というところに違いがあります。例えば不登校の生徒がいたら、カウンセラーは生徒がなるべく学校に行けるように生徒や先生の支援を行いますが、社会福祉士は「この生徒は学校に行かせるのは無理」という判断を下すこともあるのです。 社会福祉士が立ち向うニーズは時代とともに変化しています。昔は低所得者や、身寄りのない方への支援が多かったのですが、今は仕事をしたくてもできない若年者層や在日外国人、難民など、昔にはなかった問題が生じてきています。世界的に見るとソーシャルワーカーが必要とされているのは特にアメリカやカナダなどの“富めるけれども病んでいる国”で、社会福祉の先進国である北欧ですら、前面に出てきていないだけでソーシャルワーカーのニーズはあります。また先進国だけでなく、途上国にも途上国ならではのニーズがあるのです。社会福祉士を養成する仕組みづくりを中谷教授が常務理事を務めている(社)日本社会福祉士養成校協会が発行する、社会福祉士の仕事内容を紹介するパンフレットとDVD。専門職としてのプライドの違いを実感ではよくあることですが、学校ではさほど優秀でなかった生徒が、卒業後に「こんないい人材はいません」と絶賛されるほど活き活きと現場で働いていることもあります。よく3年で辞めてしまう人が多いといいますが、それは組織内で自分ができることは何かという充分な見極めができていないということなのです。 今、愛媛県の様々な社会福祉分野でもビギナー期の指導・研修が必要だという話題が出てきていますが、私もそこをお手伝いしないといけないと考えています。もっとも大切なのは卒業して入職するところなので、せめて1~3年くらいは地域と大学が協力して卒業生をケアできるシステムをつくっていきたいと思っています。8CREATION 〈No.179〉 2013 Autumn

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