Creation-181号
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め、年金制度の一部に積立方式を導入すると、他の政策に必要な予算が取れなくなってしまうという問題もありました。このようなハンガリーやほかの国の実施例も踏まえ、「賦課方式」か「積立方式」か、という視野を越えて、近年、国際金融機関やEUが勧める年金制度モデルは変化してきています。 私が授業を担当している比較経済システム論では、一つの国の経済システムをさまざまな制度の集まりと捉えていまとではないのです。また、「よく知られていない国」ですので、一般向けに解説・紹介することも意義はあるでしょう。 もう一つは、ハンガリーを事例研究として扱い、その成果を日本での社会保障制度改革の議論に活かす視点です。ハンガリーの制度をそのまま導入しても恐らくうまくいきません。そうではなくて、見方、アイデア、改革の教訓などを検討し、日本での議論に役立たないか、今までと異なる視野の提示ができないか、考える材料にするのです。こちらは将来の目標になりますが、それにより、子どもたちの世代の負担を少なくすることに貢献したいと考えています。す。私自身は、ハンガリーの経済システムの変化を社会保障制度やその周辺から捉えたいと思っており、そのために、年金だけでなく雇用や貧困対策、家族政策など、少しずつ関連分野にも視野を広げています。また、ハンガリーのことだけ研究しても見えないことがあるので、チェコなど周辺諸国のことも調べています。 このような視野の拡大も続けたいですが、軸足はまだしばらくハンガリーに置くつもりです。私にとって、ハンガリー研究を続ける意義は大きく分けて2つあると思っています。一つは、ハンガリーの経済や社会について明らかにする地域研究の視点です。「ハンガリーで起きていること」をきちんと分析し、それに基づいて専門的に議論する。外国人だからこそ気づく観点もあるので、日本人がハンガリーのことを専門的に研究する意味がないというこました。国際金融機関やEUなどの支援を受けながら、市場メカニズム重視の当時の経済学や、年金理論についての新しい考え方を次々と取り入れ、まるで実験のようにいろいろな制度が試されていました。私はそのなかでも特に1998年の年金制度改革の周辺から研究を始め、ハンガリーで起きていることを明らかにしようとしてきました。 年金制度には、今年自分たちが納めたお金が現在の高齢者に渡される「賦課方式」と、自らの将来の年金となるお金を自分で積み立てていく「積立方式」があり、前者はインフレに強いけれど高齢化には弱い、後者はその逆の特徴を持っています。日本やハンガリーの制度は賦課方式で運営されています。1998年のハンガリーの年金制度改革では、当時の世界的に新しい理論にもとづき、制度の一部を積立方式にして、2つの方式を組み合わせることで全体的にリスクに強い制度にしようとしたのです。積み立てるお金を民間のファンドで運用することで、株式市場・資本市場の発展や将来の年金額の増加も目指す、という意欲的な改革でした。 しかし、この改革は2011年に取りやめになります。ファンドが年金を納める人のためではなく自分たちの儲けのために動いたり、お金がなくならないよう安全な運用を行う規制を作ったりした結果、十分な運用益が出ませんでした。また、年金制度を積立方式にすると国に納められる保険料が減りますが、今いる高齢者に支払う年金を同じ割合だけ減らすことはできません。そのため必然的に赤字になりますが、ハンガリーはEU加盟国なので、ルールによりGDPの3%までしか財政赤字を出せません。そのた「体制転換と社会保障制度の再編~ハンガリーの年金制度改革」柳原剛司著。2011年初版。京都大学学術出版会発行。研究を続ける意義と今後の方向性年金制度改革のもたらした結果6CREATION 〈No.181〉 2014 Spring

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