CREATION_204号
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4CREATION NO.204 2020.1現場の声を直接聞くことで〝内側〟より理解を深める善悪を判断することなく社会の複雑な動きを追う受講生となりました。 ガーフィンケルは講義中にノートを取ることを許してくれず、学生は必死に授業を聴いていても終わってみれば記憶が曖昧で、わかったようでわかっていない状態でした。そんなこともあって授業終わりに自然発生的に勉強会ができ、他の受講生と断片的な記憶をつなぎ合わせてノートをつくりながら、その過程で自由に議論を重ねたことが現在の研究の土台になっていると思います。 帰国後は複数の大学の大学院生たちと定期的に研究会を組織したことも、その後の知的ネットワークづくりに大いに貢献したと思います。結果、私たちによって日本に初めてH・ガーフィンケルのエスノメソドロジーを紹介することができました。 エスノメソドロジーとは、従来の社会学のアンチテーゼでもありました。私たちには〝昨日食べ過ぎたからお腹が痛い〟は自明であるのに、自然科学をモデルとした社会学ではそれを外部から客観的に理解しようとします。それに対し、エスノメソドロジーは〝人々はお互いを理解している〟ということを前提に考え進めていくというスタンスで、今起こっている現象を記述していこうというものです。 現象学的社会学は、日常的に自分がしていることを振り返る内省法であり、社会現象を自由自在に理解する人々の能力を内側から読み解き、その場に独自の解釈の方法を取り出そうという考え方です。ここから生まれた質的調査方法論は調査対象者に対するインタビューとフィールドワークがあります。いずれにしても、人々の実際のやりとり(相互行為)から遊離しない、つまり自分たちが日常的にどう考えているかということを常に意識しながら研究します。 これらの理論と手法に基づき、HIV/エイズ問題では、この疾患が持つスティグマ(汚名の烙印)の問題に焦点を当て、感染者に対する差別や偏見の除去に向かってどんな取り組みが必要か研究しています。またハンセン病問題も同様な視点により、瀬戸内海にある3園と沖縄の2園を中心に生活史のインタビューを蓄積してきました。 実際に当事者と出会い、一人ひとり違う生活史を聞かせてもらう経験を積むと、メディアを通して知る知識がいかに浅薄で一方的なものであるか思い知らされます。薬害エイズ問題で濃縮製剤の危険性が指摘されていたことが分かったとき、メディアはその時点で製造と使用をストップするべきだったと声高に報道しました。しかし実際にある薬害エイズ患者の声を聞くと「唯一痛みを取り除くことができるのが濃縮製剤だった。命が危険だとわかっていても、薬を使わずにあの激痛には耐えられなかった」と、当時を振り返って語ってくれました。ハンセン病についても、ご本人の苦労は言うまでもありませんが、親兄弟や親戚に至るまで偏見と差別に苦しみ、数えきれない悲劇がありました。 実際のところ薬害エイズもハンセン病も、明確な〝悪者〟を見つけることが難しい問題です。社会学の目的は善悪を判断することではなく、物事が不確かなときに人々の経験を組み合わせて、全体の動きを理解することにあります。 また、たくさんの方々から話を聞くにつれ、それぞれの人が生きた人生を自分たちの語りを通して伝えていくことの重要性を再認識させられます。具体的な当事者の語りを紹介することで、今もまだ根強く残る社会の偏見や差別が少しでも軽減されるよう今後も働きかけていきたいと思っています。H・ガーフィンケルの著書と、一緒に研究を続けてきた仲間と発表したガーフィンケルのエスノメソドロジー理論を紹介する著書の数々。http://emcawiki.net/Harold_Garfinkel_1917-2011エスノメソドロジー/会話分析のWikiサイト掲載のガーフィンケルの肖像

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