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図書館

第18回松山大学図書館書評賞

受賞者<2018(平成30)年12月3日発表>

最優秀書評賞:該当者なし

該当者なし

優秀書評賞:石丸 菜々子さん(経営学部経営学科3年次生)

中原中也全詩歌集 上・下〔請求記号:908/K 7/NaE2,908/K 7/NaE3〕
 著者:中原中也 出版社:講談社 出版年:1991

「僕は僕が輝けるやうに生きてゐた」
これは、中原中也の詩、『酒場にて』の一説である。
私はここに《青》を見た。
それは真っ暗な道にただ一つだけ静かに立っているガス灯のように、力強く燃える炎であった。
  私はこの詩に出会ったとき、時が止まったように錯覚するほどの衝撃を受けた。いや、恐怖を感じたというほうが正しいであろう。中原の詩は読んでいるうちに、本の中に引きずり込まれていくような錯覚に陥るのだ。そして私はその引きずりこまれた『酒場にて』の中に〈主体性を持って生きることの重要さ〉を見た。
  現代の日本社会は〔同調社会〕である。同調とは、他人に態度や意見を合わせることであるが、これは度が過ぎると恐ろしい。例えば、皆さんは一昔前に流行した〔KY〕という略語を覚えているだろうか。そもそもKYとは、空気読めないという意味であり、この略語が流行したことこそ、日本が同調社会であることを表しているように思えてならない。ではなぜKYが流行したか。それは、自分がないという不安感が原因であるように思う。そして、その不安を解消するべく、深い人間関係の中に自分を認識しようとした結果、KYという略語が生まれ流行語となったのだろう。現在、その象徴がSNSである。
  では、そのことを頭に入れつつ『酒場にて』を読んでいただきたい。そうすると、この詩には圧倒的な《個》があることに気が付くのではないだろうか。この詩の中で僕は「物差しで人を図るようなことはやめなさい」と言い、時々で様子の変わる僕に対して不思議だという人たちに「冗談じゃない」と言っている。確かに、周りから見たらこの僕は変な人であろう。しかし、僕は、僕が輝けるように生きているのであり、これでいいのだと言っている。これは非常に重要なことであると同時に、今の日本人に最も必要なものである。中原は幼少期、神童と呼ばれていたが文学に熱を上げすぎたことで中学校を落第、しかしその後も文学の道を歩み続け、現代まで語り継がれる詩人となった。だからだろうか、中原の吐く詩は《青》い。それは未熟だとか、冷酷だとかそういうものではなく、赤よりも熱い静かな情熱のことである。この詩以外にも、中原は多くの詩を残しているが、そのどれもからも青を感じるのはおそらく、彼の文学に対する情熱が文字となっているからであろう。その中原の情熱は迷子になった私たちを照らすガス灯となる。そう、本書は迷子になった人のための道しるべなのだ。
 そして私も今、迷子になっている。だからこそ、「自分はこれでいいのだ」と思えるような圧倒的な《個》を見つけなければならない。そして人生をふと振り返った時、こう思いたいのだ。
 「私は私が輝けるように生きていた」

審査員による講評

審査委員  経済学部講師 小田巻 友子

評者の豊かな語彙力と感受性を存分に発揮し、読ませる作品に仕上がっています。評者は中原の詩に、同調社会と相反する圧倒的な「個」を感じ取ったと述べています。その行間を読む力もさることながら、書物の内容を評者自らの解釈を差し込みながら紹介しつつ、現代日本社会の抱える問題にも切り込むといった、非常にバランス感覚に優れた書評であるといえます。

優秀書評賞:六車 日菜子さん(経済学部経済学科4年次生)

アンドロイドは人間になれるか〔請求記号:081/B 6/1057〕
 著者:石黒浩 出版社:文藝春秋 出版年:2015

私が初めてアンドロイドを見たとき、とてつもない衝撃を受けたことを憶えている。確かに人間ではない人間そっくりな“何か”がうっすらと微笑みながら、ガラスケースの中で青いネオンに包まれて立っているのだ。その奇妙な光景に言い知れぬ不安を抱くと同時に、なぜか強く惹きつけられた。どんなふうに会話をするのだろうか。触れたらどんな反応を示すのだろう。やがて私の疑問は一つに収束していく。このアンドロイドは、一体どこまで“人間”なのだろうかと。
 石黒氏は人間らしいロボットの開発を通して“人間たる条件”を知ろうとしている。人間らしい振る舞い方、人間らしい応答、そして人間らしい心までも作ろうとする彼は、まるで人間を知るためにロボットを生み出しているかのようだ。本書の半分以上で取り上げられているのは、そんな石黒氏が開発してきたジェミノイドFや米朝アンドロイド、接客アンドロイドのミナミといった、完全な“人間”へとなりつつあるアンドロイドたちである。世界のロボット工学最先端を走る著者独自の視点でロボットと人間の今後の在り方が考察されており、我々読み手の常識はページをめくるごとにことごとくひっくり返されていく。しかし本書最大の魅力はそこではない。
 人間らしさとは何だろう。知性か、心か、あるいは欲望か。本書を読み終えたとき、あなたはその途方もない疑問の答えに辿り着くことができるかもしれない。我々はよくロボットと人間の能力を比較したがるが、それは実に無意味なことであると石黒氏は言う。計算処理や記憶、チェスに至るまで、やるべき作業が明確に定義できるすべての仕事において、もはや人間はロボットに勝つことができない。そんな今我々がすべきはこの現状を悲観することではなく、人間にしかできない思考の巡らせ方で“人間らしさ”を追求することだ。ロボットの姿かたちは限りなく人間に近くなり、能力的にも人間と遜色ない存在になりつつある。だからこそ今、我々人間の定義を改めて考えなければならないのだ。ロボットとも、他の動物とも違う、人間固有のあり方を見つめなおすことが人間をさらなる進化へ導くのだと石黒氏は確信している。
 我々とスムーズに意思疎通が出来るロボットは人間か。心をプログラムされたロボットは人間と言えるのか。人間とロボットの本質的な違いは何か。人間らしさとは何なのか。読み進める中でじっくりと考えてみてほしい。

審査員による講評

審査委員  薬学部教授 酒井 郁也

「アンドロイドは人間になれるか」の筆者はロボット工学の第一人者で、人間そっくりなアンドロイドの研究、開発に従事してきた。本書は彼の開発してきたアンドロイドを紹介しながら、アンドロイドと人との関わりを通じて「人間とは何か」という答え、つまり「人間の条件」を明らかにしていっている。この書評では「アンドロイドの今後の人間社会での役割を通じて、人間としての在り方を考えていく」という本書の内容をうまく表現し、読者に興味をそそらせる内容になっている。

佳作:梶田 貴弘さん(人文学部社会学科2年次生)

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬〔請求記号:Lib/2017/お〕
 著者:若林正恭 出版社:KADOKAWA 出版年:2017

近年、日本社会での新自由主義思想の台頭により、私たちを取り巻く環境が変化しつつある。この思想は自由至上主義の精神による、自己利益を主眼とする自由な意思決定が、活発な経済活動を促進させることを意味している。つまり、新自由主義社会においては誰もが競争相手だ。しかしながら、日本社会では抜け駆け禁止の風潮が強く、私たちは無自覚に同調圧力でライバルを封じ込めようとしてしまう。自由競争の影で、実は魔女狩りさながらの異端弾圧が日本社会に流布しているのだ。あなたはこんな社会に息苦しさを感じることはないだろうか。著者も例に漏れず、社会の居心地の悪さに辟易していた。本書は、そんな著者が陰鬱な日本社会から脱出し、自身の価値観を見つめ直そうとする、5日間だけの海外逃避行を綴った旅行記である。
 本書の舞台であるキューバ共和国は、世界でも数少ない社会主義国家である。そのため、この国では資本主義国家の日本とは対照的に、基本的に自由競争が許されない。しかし、それこそが著者の切望したシステムである。生活の中で頻繁に劣等感を抱くこともなければ、知らぬ間にコミュニティから排除される心配もない。決して私は社会主義を全面的に肯定するわけではないが、熾烈な椅子取りゲームから解放される手段としては興味深いと感じた。
 本書で最も注目したいのは、スペイン統治時代を象徴するカバーニャ要塞を訪れた時のエピソードだ。著者は炎天下のカバーニャ要塞で一匹の野良犬に遭遇する。薄汚れ、手厚く扱われた様子もないその野良犬は、観光客に媚びを売り、餌を貰っていた。当然だが、その野良犬は、東京の表参道にいるようなセレブ犬と比較すると、物質的な豊かさは遥かに劣っている。それにもかかわらず、その野良犬は自らペットとしての安寧を享受することを拒み、自由を選択したのだ。本書では、著者がその野良犬をカメラで撮影する様子が綴られている。著者はカメラのレンズを通して、自由を獲得した野良犬と自身を融合させ、精神的な閉塞状況を打破しようと試みたのではないかと思う。もしかするとその野良犬の存在自体が、ある種、キューバ共和国の精神的な豊かさを象徴しているのかもしれない。
 誰しも皆、行動の根底、基盤にあるのは幸福追求欲求である。人間にその原動力が備わっているからこそ、現代に生きる私たちは様々な科学技術の恩恵を享受することができている。つまり、人間が有する充足感や安心感を獲得しようとする欲望は止めどなく、私たちは競争原理の波から逃れることはできないのである。これこそ社会主義が失敗したと言われる原因であろう。私たちは間違っても新自由主義の掌の上で転がされることのないように、自由の意味を履き違えた、独りよがりの振る舞いを避けなければならない。もしあなたが著者と同様に、新自由主義社会に疲弊しきっているなら、本書が心の特効薬として役立つことは間違いないだろう。

審査員による講評

審査委員 経済学部講師 小田巻 友子

評者の現代経済社会に対する深い知識と鋭い洞察がちりばめられた作品です。新自由主義思想に満たされた日本の閉塞感の根源は何か、社会主義国家であるキューバの様相と対峙させながら解説する本書評は、読者の知的好奇心を沸き立たせます。評者は著者同様に物質的ではなく精神的な豊かさを選ぶキューバの野良犬に「自由」をみたと評しますが、餌を得るために日々競争にさらされる野良犬とペットとして競争とは無縁なセレブ犬、さてどちらが自由でしょうか。別の角度から「自由とは何か」今一歩踏み込んで考えてくれることを期待しています。

佳作:水元 姫歌さん(人文学部社会学科1年次生)

外科室・海城発電〔請求記号:081/I 6/31-027-12〕
 著者:泉鏡花 出版社:岩波書店 出版年:1991

明治時代。それは異国の文化が日本に流入し、社会の様々ものが変化した時代だった。そのような状況下で、夏目漱石、森鴎外、坪内逍遥、二葉亭四迷などの数多くの文豪たちが誕生した。その中でも、一際異彩を放つ人物がいる。その人物の名前は泉鏡花という。彼は妖怪が好きで、超が付くほどの潔癖症だ。そして、彼の作品は人を惹きつける色彩と美しさが存在する。本書は彼の魅力がたくさん詰まった7作品が収録されている。
 泉鏡花の描く作品は劇のように物語が展開されていく。『義血侠血』は、弁護士を目指していたが家の事情で馬丁になった村越欽弥と見世物小屋で「滝の白糸」として出ていた水島友の悲劇のストーリーである。だが、はじめから悲劇的な要素は一切感じられない。(あなたは人力車と馬車のスピード比べの対決から、村越欣也と水島友の悲劇の物語を予測出来るか。)ここに、泉鏡花のテクニックが隠されている。彼は決して、読者に後々起こる展開を予想させない。だから、登場人物たちに何が起こるか読者はわからない。場面はめまぐるしく、感情は色を持ちつつ変化する。会話はこまめに句読点で句切られ、まるで登場人物たちが本当に命を宿し、呼吸しているかのように感じる。読者は文章という平面世界であるにもかかわらず、泉鏡花の巧みな表現によって、目の前で劇が行われている錯覚にとらわれる。
 そして、泉鏡花は女を美しく描く。彼の生み出す女たちは、自分の身に起こる不幸にめそめそと泣いてばかりの軟弱者ではない。好いた男と離されて、幽閉されても、女は泣かずに男と会うことをあきらめなかった。絶対に周囲の人間に知られてはならない自分の秘密を守るために、麻酔をせずに、白い胸をメスで切り裂かれようとも、女は泣かずに秘密を守り抜いた。何もしなければ、幸福が訪れるにもかかわらず、女は自らの手を汚し、発狂して、罪人のレッテルを貼られた。愛する人のために、ボロボロになって、人を殺して金を奪い、愛する人の手で死刑となった。泉鏡花の描く女たちは、芯が強く、愛しい男にはひたすら一途で、最後は狂って散っていく。その表現には、文字の枠を超えた絵画のような芸術性が存在する。
 泉鏡花は予測できない展開で、美しいものをより美しく、表現する。これらは、私の拙い文章力では完璧に表現することは出来ない。だからこそ、あなたには実際に本書を手に取って読んでもらいたい。きっとあなたも泉鏡花の生み出す独創的な世界の虜になる。

審査員による講評

審査委員 法学部准教授 甲斐 朋香

いわゆるオーソドックスな「書評」とはちょっと違うかも…選評会ではそんな意見も出ました。しかし、本稿の手練れな文章運びや言葉遣いの巧みさは、今回集まった作品の中でも群を抜いていたように思います。妖しい魅力を放つ泉鏡花の世界へ読者をいざなう力を持った作品です。

佳作:山本 麻代さん(人文学部社会学科2年次生)

世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ〔請求記号:519/Mu〕
 著者:くさばよしみ 出版社:汐文社 出版年:2014

『このタイトルは間違っている!』
本書を読み終わって、筆者が真っ先に思った感想である。
本書は、2012年にブラジルで開催されたG20+国連持続可能な開発会議でのホセ・ムヒカ氏の演説を収録したものである。彼の名前を一度くらいは耳にしたことのある方も多いだろう。
 ホセ氏は、2010年から2015年までウルグアイ大統領として舵を取り、一国の発展に大きく寄与した。自国民からはペペという愛称で親しまれ、日本では「世界一貧しい大統領」として名が知られていることは本書のタイトルからも明らかだろう。一体彼のどこが貧しいのか、本書内で明かしてくれることを期待しページをめくった。が、見事に期待を裏切られた。彼は全く貧しい人間ではなかったのだ。
 彼は、演説を通して豊かさとは何なのかを問いかけてくる。年月の歩みと共に、文明の開化が起こり、格段に私たちの生活は便利になった。スマホや車がその最たる例だ。そうした文明の利器は、社会を発展させながら、経済的豊かさをも生み出した。しかし、便利さを追求させるあまり本当の意味での豊かさを忘れてしまっているのではないだろうか。
 「貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要とし、もっともっとと欲しがることである。」
古代賢人からの言葉を引用し、彼はこう述べた。物で溢れかえった世界で、経済的豊かさにしか価値を見出さなくなってしまっていることにホセ氏は警鐘を鳴らす。利便性を追求することと、心が豊かであることは決して等しい関係ではない。ホセ氏自身、給与の大部分を寄付し、小さな家で慎ましく暮らしている。正に大統領の立場ながら「足るを知る」ことを体現しているからこそ、そのメッセージは強烈だ。
 各ページに描かれたユーモラスなイラストは、どれも物事の本質を見失った現代社会を表現している。消費欲求で溢れた脳内、不景気から逃れようと歯車の上で一心不乱に自転車をこぎ経済を回し続ける人間。可愛らしいイラストで児童の理解を深める手助けをしている一方、現代社会を痛烈に皮肉っている。そのギャップが、現代社会を作り上げている大人に対し釘をさしているようで、ページをめくるごとにギクッとさせられる。活字本では得られない静かな訴えを是非体感してほしい。
 さらに、この本を読み終わった後に彼の演説を映像で視聴することを強く推奨する。児童向けに意訳された本書よりも、直訳された字幕はより一層彼の主張をストレートに語りかけてくる。加えて他国のスピーチを視聴すると、尚彼のスピーチが一線を画していることが実感できるだろう。彼の表情や会場の雰囲気から彼が訴えるものを感じ取ってほしい。『世界一心が豊かな大統領』による名スピーチは、目には見えない大切な何かに気づかせてくれるはずだ。

審査員による講評

審査委員 法学部准教授 甲斐 朋香

元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ氏のスピーチは、経済的豊かさを追求するがゆえに疲弊する現代社会に一石を投じるものとして話題を呼びました。そのスピーチに触れた感動を、作者は素直で平易なことばで書き表しています。同じスピーチを、文字情報としてだけでなく、映像(と、「児童向けに意訳された本書よりも」「一層彼の主張をストレートに語りかけてくる」字幕)でも味わってみてほしい、と薦めているところも好印象でした。一冊の本をじっくりと味わうには、時にはこんなふうに「感動の成分表」を客観的に分析しながら読むのも良いものです。

審査員による全体講評

審査委員長 法学部准教授 甲斐 朋香

応募総数17件。作品の質の面でも、全体的にやや小粒な印象を受けました。とはいうものの、現代社会を生き抜く皆さんが、日々の生活の中でさまざまな想いを抱えながら選んだ一冊の本と向き合い、自分のことばを紡ぎ出したこと―同じ現代社会を生きるオトナのひとりとしては、まずはそうした皆さんのチャレンジに対し、心からエールを贈ります。
 一冊の本を味わい、そこから受けた感動や知見をひとに伝えるためには、時にちょっとした技法も必要になります。たとえば類似のテーマの本、あなたが選んだ本とは違う主張を展開している本と読み比べてみるのも一手です。時には、その本が書かれた時代の背景に思いを馳せてみるのもよいでしょう。
 本の愉しみ方はさまざまです。今回の書評賞にチャレンジした皆さん、来年こそはチャレンジしてみようかなと考えている皆さん、今後もどうぞ、読書のある豊かな時間を!

 

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