
2020年3月 法学部法学科卒 近藤孝哉さん
「実れ、ミライ」。その実現に向けて信念を貫き、司法試験合格という難関を突破した卒業生「近藤孝哉さん」。一時は「自分の時間だけが止まっている」という絶望感に苛まれながらも、なぜ彼は歩みを止めなかったのか。松大での恩師との出会い、そして合格を掴み取った執念の軌跡に迫る。
挫折の淵で見つけた「合格への確信」
「合格した時は、ようやく報われたという気持ちでした。本当に雪が解けたようで、自分にも桜が咲いたんだなと感じました」。そう語る近藤さんの表情には、長年の重圧から解放された安堵感がにじむ。
法曹への道は決して平坦ではなかった。本格的に勉強を始めた大学3年次から数え、合格までにかかった時間は約8年。1回目の司法試験では、得意科目での手応えを失い、自信をへし折られる経験もした。しかし、近藤さんはそこで立ち止まらなかった。
「不合格という結果を振り返ってみると、意外にも点数は取れていて、本当にギリギリの不合格だったんです。『来年しっかり対策すれば必ず受かる』と確信できました。そこからは、絶対に落ちないための対策を徹底しようと、前を向くことができました」
松山大学での出会い
近藤さんの原点は、高校時代の野球部にある。100人を超える部員の副キャプテンとして、日々仲間の相談に乗る中で、「一番論理的に解決できる法律家」を志した。進学した松山大学には、その夢を現実へと手繰り寄せる出会いがあった。
「先生方には本当に恵まれました。特にゼミの今村先生には、2年生の頃から大変お世話になりました。私が進学した関西学院大学の司法研究科(ロースクール)という道を示してくださったのも先生です」
今村先生が主宰していた「勉強会」は、通常の授業の枠を超えた真剣勝負の場であった。法曹業界を志す学生たちが集まり、授業外の時間で演習問題を解き、解説を受ける。「普段の授業とは違い、全員が同じ方向を向いていて、非常に刺激的で意義のある時間でした」と振り返る。ここで培われた法的思考の基礎と、同じ志を持つ仲間の存在が、後の過酷な受験生活を支える強固な土台となった。
「法曹になる」という一心で
しかし、大学院進学直後にコロナ禍が直撃する。孤独な自習の中で意欲を失いかけ、留年を経験。「もう辞めたい」と、弱音を吐き出したこともあった。そんな時、父親から投げかけられたのは、本質を突く問いだった。「そもそも、お前は何をしたかったのか考え直してみたらどうだ? 1年くらい捨ててもいいから、もう一度向き合ってみなさい」その言葉が、迷いの中にいた近藤さんの心を再び決めた。また、母親もその決断を温かく見守り、黙って支え続けてくれた。家族の深い理解が、彼を再び机へと向かわせたのだ。
2度目の挑戦に向けた1年間、近藤さんは自分をさらに厳しく律した。食事中も入浴中も常に講義音声を聴き続け、知識を友人にアウトプットすることで定着させる。その追い込みにより、体重は15kgも減少した。「寝ている時間以外はすべて勉強」という生活を支えた原動力は、「法曹になる」という一心のみであった。
「資格を取らないと何も始まらないので、その目標だけを見据えていました」
依頼者のニーズに応え、いつか四国の力に
合格を手にした今、近藤さんの視線は次なるステージを捉えている。「まずは大きな事務所でスキルを磨き、将来は地元・高知や松山など、四国に戻って独立したい。常に依頼者のニーズに最大限応える弁護士でありたいです」と力強く語る。
自身の経験から、後輩たちへ送る言葉には熱がこもる。「松山大学は、自分から求めれば先生方が必ず応えてくれる素晴らしい大学です。頑張るかどうかは自分次第です。いつ始めても、諦めなければどこからでも間に合います。自分の道に向かって突き進んでください」
一度止まった時間を、自らの努力で動かした近藤さん。その着実な歩みは、後に続く学生たちにとって、一つの確かな指針となるはずだ。











