溝渕 健一 教授
経済学部経済学科
時短や省エネ行動の本質を検証・追及
現在取り組んでいるのは「時間リバウンド効果の理論・実証研究」と、将来世代との接触による「省エネ行動促進政策の検討」です。まず、多くの人は、省エネエアコンに買い替えると、電力消費が減ると予想すると思います。でも「省エネエアコンだからもっと使っても大丈夫だろう」と使い過ぎてしまい、電気使用量がかえって増えてしまう可能性があります。この現象を“リバウンド効果”と呼びます。その上で「時間リバウンド効果」とは、“時短目的で開発された製品やサービスなのに、それらを利用することで逆にエネルギー消費量が増加”する可能性がある考え方のことです。例えば、食洗機を利用することで、手で洗っていた時間が節約されますが、その節約時間が掃除や洗濯、テレビ視聴、ゲームなどに使われると、エネルギー消費が増えてしまう可能性があります。
しかし「時間リバウンド効果」が実在するのか、その影響はどの程度なのか検証したデータが今まで存在していませんでした。温暖化対策やエネルギー対策としての「省エネ行動促進政策の検討」は、今まさに社会に必要とされていることです。
時短は正義なのか?家庭内の行動に着目
「時間リバウンド効果」について、2016年に“食洗機”と“ネット注文配送”を対象にアンケート調査データに基づいて検証を行ったところ、どちらについても導入した場合には、家庭内での行動が統計的に有意に変化したことが確認されました。さらに、食洗機については、家庭内行動の変化を通して、エネルギー消費量を増加させる結果となり、時間リバウンド効果が日常生活の中に発生していることが分かりました。
2020年にはロボット掃除機の導入実験を行いました。50世帯に配布し、配布しなかった250世帯と比較検証し、ロボット掃除機を配布した世帯で家庭内の行動が実験前後でどのように変化したか調査するものです。「掃除に費やしていた時間が生活を豊かにするために使われ、エネルギー消費量が増える」という時間リバウンド効果の仮説通り、ロボット掃除機の導入によってエネルギー消費量は増加しました。しかし、その増加はわずかなものでした。つまり、ロボット掃除機に任せることで、自由時間が生まれ、その時間を使った行動によってわずかですが、電力消費が増加したという結果です。
今後、時短技術や時短サービスはますます開発・普及が進むと予想されます。例えば、自動運転技術が注目されていますが、これが現実的になれば、社会全体が大きな影響を受けると考えられます。時間リバウンド効果は、今後生活のさまざまな場面で発生してくることが予想されますので、その発生の有無や大きさを今後も検証していきたいと考えています。
より良い未来を残すための行動とは
「省エネ行動促進政策の検討」については、2030年までに家庭の温室効果ガス排出を66%削減するという目標が政府によって掲げられており、目標達成のためには家庭での省エネ行動を長期的に継続していく必要があります。省エネ行動に繋がる例として、電気料金の高騰による使用量の減少や、節電チャレンジに参加すればポイントを付与するといった外発的要因(罰則や褒賞)がありますが、一時的な効果はあっても継続を促すものではありません。
組織行動論のなかに“自分の仕事の受益者と接することで内発的要因(自分の価値観)によりモチベーションが継続する”という概念がありますが、省エネ行動促進のような環境政策が「将来」の環境をよくすることが目的だということに着目し、受益者である小学生以下の子どもたちと日常的に接する機会があるほど省エネ行動を取る傾向があるかを1万4000世帯を対象にアンケートを実施し、そのデータを検証しているところです。
家庭を対象にした省エネ行動の研究を中心に行っているので、時短製品やサービスを導入して生活の満足度を上げようとする時流のなか、時短を求めればエネルギー消費が増えることもあると個人レベルで認知してもらうことが研究目的のひとつにあります。さらにこれらの研究結果が温室効果ガス排出量削減やエネルギー供給不足の問題などの緩和策を提示できる可能性もあり、政府が方針や政策を決める際に考慮すべき指針として認知してもらえるようになればと願っています。
『The Power-Saving Behavior of Households ~How Should We Encourage Power Saving?(家庭の節電行動 ~節電はどうすればい いのか)』(共著)ほか、自身の研究を国内外へ向けて発表している。
経済学部経済学科教授
溝渕 健一 MIZOBUCHI Kenichi
略歴
2003年 同志社大学経済学部卒業
2008年 神戸大学経済学研究科 博士後期課程修了 博士(経済学)
2008年 松山大学経済学部講師
2010年 松山大学経済学部准教授
2017年 松山大学経済学部教授(現在に至る)
この記事は松山大学学園報「CREATION」NO.217でご覧いただけます。
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