第24回(2024年度)松山大学図書館書評賞
受賞者<2024年12月2日発表>
該当者なし
「彼女たちの20代」 山口路子 著
出版社:ブルーモーメント 出版年:2023 請求記号:280.4||Ya
オードリー・ヘップバーンやマリリン・モンロー、草間彌生やオノ・ヨーコ、ココ・シャネルやダイアナ。誰もが一度は耳にしたことのある世界的に著名な彼女たちの20代を、私たちはどれほど知っているだろう。世間の荒波に揉まれながらも自分だけのスタイルを確立していった強く美しい彼女たちの、脆くて危なっかしい時代に思いを馳せたことがある人はどのくらいいるのだろう。これは「女性の生き方」を執筆テーマの1つとする著者による、歴史に名を刻んだ13人の女性の、まだ自身が何者か分からずにいたシーズンに焦点を当てた本である。
人生は1冊の本である。そんな言葉が頭の中をよぎるほどに、彼女たちの生涯は波乱と挑戦に満ちたものだった。若くして世界的な名声を手にした人もいれば、壮年になってようやく認められた人もいた。中には目標に向かっている最中に命を落とし世界から悲しまれた人も、絶望して自ら命を絶とうとした人も、その最期まで謎に包まれた人もいた。また恋愛に身を焦がした人も多かった。何度も出会いと別れを経験する中で、愛する人を突然目の前で失ったり、恋人の愛を一身に受けられなかったりしたことで心を病んでしまう人もいた。
それでも最終的には輝かしい功績を残した彼女たちに共通していたのは、まだ初めてのことばかりの20代という時分に逆境に立ち向かい、世界中からバッシングされても、身を焼かれるほど悲しいことがあっても、涙をぬぐって立ち上がり、その足を止めなかったという点である。周りにどれだけ反対されようとも、信念を貫き通す意思が彼女たちにはあった。薬に頼らないと眠れない夜も、食べては吐くことを当たり前に思う日々も、その繊細さも、彼女たちの強さの一部なのだろう。
高校を卒業し大学という環境に身を置く中で、漠然とした将来の不安に苛まれることがある。それはきっと、彼女たちも同じだったのだろう。20代前後の若者のこれからの人生に寄り添い、20代を過ぎた大人にあの不安定で甘やかな日々を思い起こさせてくれる13人のスターが、この本の中に生きている。彼女たちはその功績だけで有名になったのではない。一度きりの20代を、もがき苦しみながら、傷つきながら、それでも懸命に生きて、上り詰めた彼女たちだからこそ、世界中から尊敬され、いつまでも愛されるのだ。
文章中に散りばめられた彼女たちの言葉が、読む人に勇気を与えてくれる。気づけば彼女たちが横にいて、背中を押してくれているように感じる。挑戦してみたいことがあっても怖気づいてしまう人、20代に向けて人生を見直したい人にぜひ読んでいただきたい。性別や年齢かかわらず、読めばきっと、一歩踏み出す勇気が湧いてくる作品である。
審査委員による講評
経済学部教授 道下 仁朗
本を読むことの意味を、書評という形で鮮やかに描いてみせた素晴らしい文章である。著名な女性であっても20代には様々な葛藤があったということを知り、漠然とした不安に苛まれる評者にとっては、自分だけではないという安心感と勇気を得たことであろう。これこそが読書の効用であり、そのことが手に取るようにわかる書評となっている。
せっかくなら、特に印象に残った女性のエピソードに具体的かつ簡潔に触れると、より興味を惹いてもらえるのではないか。それに自分のエピソードを加えてもいい。今を生きる自分の気持ちを本にぶつけてこそが書評の魅力である。
「星くずの殺人」 桃野雑派 著
出版社:講談社 出版年:2023 請求記号:913.6||Mo
舞台は宇宙。この言葉だけでも壮大なスケールの物語であると予測がつくのではないだろうか。
日本初の完全民間宇宙旅行のモニターツアーで宇宙ホテル『星くず』に到着した途端見つかった死体。その死体はホテルまで宇宙船を操縦していた機長のものであり、彼は無重力空間で首を吊った状態だった。それを発見した添乗員の土師穂稀は、会社の指示に従ってツアーの続行を決める。だが、それからしばらくして地球との連絡が何者かによって遮断されてしまい、さらにはホテルのスタッフが地球へと逃げ出してしまった。地球から遠く離れた宇宙に残されたのは、それぞれ個性的かつ癖のある6人のツアー参加者とホテルのオーナー、そして土師の8人。異質な状況ではあるものの土師視点で進む物語にはリアリティがあり、緊迫感と臨場感が楽しめる。
本書で注目すべき点は、現代とそうかけ離れてはいない近未来的な時代設定と、宇宙を舞台にしたクローズドサークルで起こる殺人である。そもそも「無重力で首を吊る」というのはどういう状況なのか。機長の死体は明らかに首を絞められたような跡があるが、死体があった場所は無重力空間。故に機長の自殺という可能性はないに等しい。こういった特殊設定の中、普通では考えられないような状況下で人が死ぬというストーリーは新鮮で面白い。この一件が物語の導入に過ぎないという点も然り。また、本書では物理学や化学を扱ったトリックや宇宙に関する内容も含まれており、これらは普段の生活になかなか馴染みがないせいか、物語は先の読めない展開が続く。対して、近年よくメディアに取り上げられるような社会問題がツアー参加者の人物背景に組み込まれており、これらが物語にリアリティを持たせているのだろう。
著者は桃野雑派という、小説家でありゲームシナリオライターだ。2021年に『老虎残夢』で第67回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家としてデビューした。本書の『星くずの殺人』は二作品目にあたる。『老虎残夢』も本書と同じく特殊設定であり、武侠小説とミステリを掛け合わせた異色の受賞作となっている。スケールが壮大で異色な舞台のミステリは、桃野雑派の著作の魅力と言えるだろう。
本書は、宇宙という逃げ場のない空間で迫り来る死の恐怖や先の読めない展開、科学的なトリックといった壮大なスケールの物語ではあるものの、文章自体は読みやすく、サクサクと読み進められる。そしてラストにとある人物が零した一言には思わず笑みが漏れてしまうのではないだろうか。そのセリフをオチに持ってきたことで、人が多く死ぬ物語ではあるものの読後感は悪くない。ぜひ最後のセリフまで読んでほしい一冊だ。
審査委員による講評
経済学部教授 道下 仁朗
物語のあらすじが小気味よいテンポ感で述べられており、まさに「読んでみたくなる」気持ちにさせてくれる。ストーリーの特異性に触れるくだりも、興味を惹くには十分の表現ぶりである。著者のこれまでの経歴も簡潔にまとめられている。
ここから一歩踏み込んで、評者自らの視点やストーリーを織り込んでもらえれば、さらに興味深いものになったのではなかろうか。それこそが百人百様たる書評の醍醐味であり、その点の物足りなさを次回は補ってもらえれば、さらに良い書評につながると思われる。
「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」 ウェンディ・ムーア 著
出版社:河出書房新社 出版年:2013 請求記号:289.3||Mo
数年前にコロナウイルスの感染拡大が世界中で起きた際、ウイルスに対するワクチン開発がなされ、国主体でワクチン接種が進められた。世間ではワクチン接種に賛否両論あり、ワクチン接種が進んだ現在でも議論は続いている。しかし、私たちはワクチン接種を清潔な病院で、医師免許を持った医者や看護学校で学んだ看護師によって安全に配慮されながら行われた。ワクチンの実体がどうか、経済学部生の私にはわからないが、ワクチン接種の場は衛生的な良い環境であったことだけは知っている。
一方、18世紀イギリスでは1500年以上前、ローマ帝国時代の医学説が主流として採用され続け、治療は医学の勉強などほとんどしていない床屋が行っていた。床屋は患者が運ばれてくるとローマ帝国時代の医学者ガレノスが提唱した「四体液説」を基礎とした瀉血を行った。病は体内に悪いものが入り込んでいるため、血と共に悪いものを出すという理屈だそうだ。患者は運ばれてきた時より具合を悪くして帰っていく。
この時代、医療専門の医者はいなかったのか。実は専門の医者もいた。しかし、医者と認められるものが学んだのは現代のような病の種類とその発見方法と治療法などではなく、ガレノスの書いたラテン語の医学書が読めるかどうかであった。医者の仕事は基本的に治療ではなく薬の処方である。この薬も「四体液説」に基づいて処方され、体液を体外に出すことのできる下剤や水銀であった。
本書ではこのような舞台となる18世紀イギリスの医療状況の説明から始まる。医療環境の整った現代日本から見れば、信じ難い世界である。しかし、本書はノンフィクションである。このような世界が史実として存在するのだ。
そして、医者にかかれば死ぬとまで言われていた時代の医学に革命を起こしたのが、本書の主人公ジョン・ハンターであった。自分の手で解剖などしたことのない医者がほとんどであった時代にハンターは解剖学によって人体の構造を明らかにし、有効な治療法をいくつも発見した。
暗黒の医学界に光をもたらしたハンターであるが、実は医学に携わる前は実家の農家手伝いであり、解剖に関わる初めての仕事は墓荒しであった。当時の主流医学書であるガレノスの書を読んだこともなければ、医療に興味があったわけでもない青年がなぜ医学界に革命を起こせたのか。解剖をするのにハンターはなぜ墓荒しをしていたのか。本書を手に取り、奇妙な医術が主流だった世界で生きた、さらに奇妙なジョン・ハンターの生涯を辿ってみてほしい。
審査委員による講評
人文学部教授 市川 正彦
本作品は、「科学的外科の創始者」とされるジョン・ハンターの評伝である。といっても、日本でこの人物を知る人はごくわずかであろう。本書評は、新型コロナ禍の中での自らの体験から始めるところに工夫が感じられる。その上で、この知られざる人物の評伝の魅力を伝えるのに成功しており、読書欲を刺激するような書き方がなされている。佳作にふさわしい書評といえよう。ただ、ハンターの奇人変人ぶりなど、著作の内容紹介がやや少ないように思えた。第2段落と第3段落の近代医学以前の医学に関する部分を整理縮小し、第4段落以降をもっと膨らませれば、よりよかったように思える。
「ツナグ」 辻村深月 著
出版社:新潮社 出版年:2010 請求記号:913.6||Ts
もし死者と会うことができるなら、あなたは誰に会いたいだろうか。家族や友達、恋人のような身近にいる人だろうか。あるいは、血の繋がりも何もないアイドルや芸能人のような憧れの誰かだろうか。しかし、死者は決して生き返らなければ会うことも叶わない。本書ではその願いを叶えられる使者、ツナグが存在する。死んだ人間と生きた人間を会わせることができる窓口だ。
使者の仲介の下、一日だけ夜が明けるまで生者は会いたい死者と話すことが出来る。そして、その死者は実体を持ったものであり見た目はごく普通の生きた人間と変わらないという。誰であれ、そんな話を聞くとオカルト的であり信じられないと思うだろう。本書ではそのように不可解な思いを抱えながらも使者を訪れる人がいる。人それぞれ死者への思いや伝えたいことは異なるが失った人にもう一度、会いたい。その一心で使者にたどり着くのだ。本当に死者との再会が実現できるのだから面白い。しかし、使者にたどり着けたとしても死者に会えるとは限らない。死者と生者のどちらにとっても会えるのは一度きりの機会だからだ。つまり、会いたい死者がすでに生きた誰かに会っていた場合もうその人に会うことは出来ないのである。
本書の主人公である使者が様々な人と死者の仲介を請け負っていくなかである疑問を抱き始める。「失われた誰かの生は、何のためにあるのか」と。確かに、生者は使者を通じ死者に会うことで人生を先に進める。主人公はそう思う反面、それは死者の存在を消費し軽んじるのと同じことであり驕った考えではないかと思うようになる。生者の一方的な想いで会いに行くため、どうしても死者は待つ側になってしまうのである。そして死者はそれが本当の最後で何も出来ないだけでなく何も残らないのだ。しかし、生者と死者の進展を見送るうちに彼は死者が抱えた物語は生者のためであってほしいと願い、死者は残された生者のためにいるのだという答えにたどり着く。本来なら、生者は死者と再会することは出来ないのだ。特別に、本書に登場する人たちは使者を通じて死者と再会できている。登場人物のように会うことで後悔がより強まった人、最後の最後に友達と仲直り出来なかった人がいる。決して誰しもが救われるわけではない。それでも、本書に登場する人たちは皆、最後の望みをかけて使者に会いに行く。それぞれの死者の願いや思いを心にとどめながらも生きていかなければならないと前を向いて歩んでいる。本書はそんな人間の繊細な感情が生み出す心温まる死者と生者の命の物語なのだ。
本書では、今までにない死者と生者の新しい繋がりを見ることができる。この物語を読み終えると多くの人が考えるのではないだろうか。自分は誰と会うことを願うのかと。そう思い馳せることが出来る。ぜひ、心和まされたい人に読んでほしい一冊である。
審査委員による講評
経済学部准教授 西村 嘉人
死んだ人間と生きた人間を一度きりという制約のもとで再会させることができる「ツナグ」という使者の視点変化を丁寧に追うことで、評者は生と死の境界で揺れ動く使者の心情に着目しています。「失われた誰かの生は、何のためにあるのか」という本質的な問いに迫りながら『ツナグ』を読み解いている点は高く評価でき、この書評は佳作に相応しいと言えます。しかしながら、「決して誰しもが救われるわけではない」という指摘をしながらも、それを十分に掘り下げることなく、「心温まる死者と生者の命の物語」という結論に収斂してしまっている点が、この書評の惜しいところです。
人文学部教授 市川 正彦
今回の書評賞には、29本の応募作がありました。応募作の書評対象をみると、娯楽的要素が強い小説にやや偏っているように思いました。娯楽作品が悪いわけではありません。どこに読みどころがあって、斬新なところが何なのか、的確に評価してもらえればいいと思います。と同時に、社会科学中心の大学なので、社会科学系の研究成果に則った著作や社会の現実に鋭く迫ったノンフィクション作品などの書評がもっと増えればいいと、個人的には思いました。その中で、審査委員の厳正な審査の結果、優秀賞1作品、佳作3作品を受賞作に選出しました。受賞作は、いずれも当該の本を読んでみたいと思わせるような巧みさがありました。よい書評を執筆するためには、ふだんから本に接することが必要です。濫読多読できるのも大学生まで。多くの本を読んで書評賞に応募する学生が増えることを願っています。
2024年12月19日(木曜日)に第24回松山大学図書館書評賞表彰式を開催しました。
同書評賞は教育活動の一環として2001年から実施しており、今年は29作品の応募の中から、優秀書評賞1作品、佳作3作品が選ばれました。
新井英夫学長から受賞者一人ひとりに表彰状と副賞が手渡され「本を読む行為だけでなく自分がどう思ったのか、人にどう薦めるのかを文章に起こすことで、より本の面白さや深さを味わうことができたのではないでしょうか。この活動を通していろいろな本と出会い、より良い学生生活を送っていただきたいです」との言葉が贈られました。神谷厚徳図書館長からは「これからも図書館を積極的に利用し、本学の読書推進の牽引役となるよう願っています」との祝辞がありました。また、市川正彦審査委員長からは「受賞作品は、この本を読んでみたいと思わせるような巧みな書き方をしており、その点を評価しました」との講評が述べられました。
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