保険契約における保険金の支払い条件を規定する契約条項と法律との相関性を追う
経営学部経営学科教授
中村 雅人 NAKAMURA Masato
●略歴
1991年3 月 一橋大学商学部卒業
1991年4 月~1992年3月 保険会社に勤務
1998年3 月 一橋大学大学院商学研究科博士課程 単位取得後退学
2008年4 月 松山大学経営学部教授(現在に至る)
保険契約者に課せられる告知義務と免責事由
主に火災保険や自動車保険などの損害保険を中心に、保険会社と保険契約者間の権利や義務を規定する「保険契約」について研究しています。保険契約には様々な取り決めがありますが、そのなかでどういった場合に保険金が支払われるのか、または支払われないのか、支払われないのであればその理由は何か、といった点に関心があります。
保険契約において契約当事者間でトラブルになりやすいのが、保険契約者に課せられる「告知義務」と、地震による損害については保険金を支払わないとする「地震免責」です。学生時代から保険契約には関心があったのですが、研究に取り組む大きなきっかけとなったのは、やはり保険会社での一年間の実務経験です。大学院に進学する前に、損害保険会社の損害調査部に勤務していました。実際に火災現場に赴いて有無責判断や損害の査定を行い、また賠償責任保険では弁護士の先生と打ち合わせをしたり、医療過誤事件では医師から事情を聴くなど、大学にいては経験のできない体験をしました。この実務経験のなかで考えたことや、問題意識を持ったことが、その後の研究の大きな礎となっています。
契約内容の法的根拠や法改正の動向を探る
保険契約においては、保険契約者が保険会社に申し込み、保険会社がリスクを評価することで契約条件(保険料)が決まります。しかし、契約時にリスクを把握しているのは保険契約者であり、保険会社にはリスクを評価するための情報が不足するという〝情報の非対称性〞が生じ、保険制度の大原則である〝収支相等の原則(保険会社にとっての収入である保険料総額と、支出である保険金総額が等しくなるように保険料を設定すること)〞や、〝給付・反対給付均等の原則(保険契約者が支払う保険料と、保険事故発生確率に支払保険金を乗じた額が等しいこと)〞を満たすことができません。リスクに関する情報が得られなければ、保険会社は保険料を平均値で設定せざるを得なくなるため、リスクの高い人・低い人で損得の差が生じます。そうなると低リスクの人は保険に加入しなくなるため保険料が高くなり、保険料がさらに高騰していけば高リスクの人も保険に入らなくなる〝逆選択〞という現象が起こり、保険制度は崩壊してしまいます。「告知義務」は、そのような情報の偏在を解消する契約上の重要な仕組みであり、その違反に際しては契約の解除という厳しい制裁が科されます。そのような告知義務について、その法的根拠や、近年、イギリスや日本で行われた法改正の動向などについて研究しています。
もうひとつの「地震免責」について、地震国である日本では大地震が起こるたびに火災が生じますが、その際に保険会社は火災保険の保険金を支払いません。これは保険契約上、地震による損害は免責になっていることが理由です。しかし、このことがあまり知られていないため、トラブルがよく生じます。保険約款中に定められた〝地震免責条項〞については、その有効性が学説・判例ともに認められており、地震損害に備えるためには別途、地震保険に加入する必要があります。一般の損害保険でなぜ地震損害が免責であるのか、地震保険の内容はどうなっているのかについても研究を行っています。

“逆選択”が起こり、保険制度が崩壊する流れ。リスクに関する情報の偏在をなくし、逆選択を防ぐために保険契約者・被保険者に告知義務が課せられる。
保険契約と保障の関係を正しく理解する重要性
近年、イギリスや日本で行われた法改正によって、告知義務は、保険契約者が自ら何が重要であるかを判断して告知をすることが求められる自発的申告義務から、保険会社が質問したことに対して正確に回答すればよいとする質問応答義務に変更されました。また、告知義務の違反に際しては、日本では従来通り保険金は全額支払われませんが、イギリスにおいては、違反の程度に応じて保険金が減額されることになりました。
地震免責に関しては、南海トラフ巨大地震の発生が懸念されていますが、大地震の際の火災に対して、まさか火災保険が保険金を支払ってくれないとは思っていない方が多いと思います。そのため、一般の火災保険では地震火災の損害については保険金が支払われない、地震損害に備えるためには地震保険に加入しなければならないということを、大学の講義ではもちろん、一般市民向けの公開講座や模擬授業でも伝えるようにしています。そうすることで、万一の際に、一人でも多くの人が迅速に復興できる一助になればと思っています。

イギリスで大きな論争を巻き起こした、告知義務に関する事件の詳細が書かれた解説書。この内容をまとめたものが松山大学での初めての論文となった。
この記事は松山大学学園報「CREATION」NO.208でご覧いただけます。