ホームレスの実態調査から見えてくる労働と貧困を含む社会構造の問題

大倉 祐二 教授

ホームレスの実態調査から見えてくる労働と貧困を含む社会構造の問題

人文学部社会学科 准教授
大倉 祐二 OHKURA Yuji

●略歴
1974年 大阪府生まれ
2000年 大阪市立大学大学院 文学研究科 後期博士課程 入学
2005年 同 単位取得退学
2006年 博士(文学、大阪市立大学)の学位取得
2011年 大阪市立大学文学部特任講師
2012年 松山大学人文学部社会学科准教授(現在に至る)


ホームレス問題に関する調査への取り組み

私の行っている研究は「都市下層研究」で、特にこれまで大阪のホームレス問題を扱ってきました。私が大学院に入った当時は大阪市内でホームレスが急激に増えていた時期でした。所属していた研究室が大阪市からの依頼を受けて実態調査をすることになり、ホームレスの実数や生活場所、公園や河川敷に暮らす人たちへの聞き取りや市民に対する意識調査などに関わってきたことが、そのまま現在へと至っています。
ホームレスの存在は、ちょうど私が学生だった90年代中頃から注目され始めた社会問題です。日雇い労働者が多く暮らす大阪市の釜ヶ崎地区などで、景気後退や機械化の影響により仕事が減少した人たちがホームレス化し、住民がクレームをつけたことが注目され始めたきっかけでした。当時、メディアで社会の豊かさが唱えられる一方で、街中に出れば貧しくて家のない人の存在が目に入ってくることのギャップに不思議さを感じていました。また私自身が大阪府の出身で、子どものころ、釜ヶ崎地区を夜遅くまで歩いている人たちや地下街に並ぶダンボールの家を見て、幼いながらに疑問を感じていたことも研究を続けることになった一因かもしれません。

調査で判明してきたホームレスの実態

今でこそホームレスの存在は社会に認識されていますが、80〜90年代初頭にかけては、まるで存在していないかのような扱いでした。また〝ホームレス〞とは〝貧困〞から発生しているにも関わらず「なぜホームレスはホームレスにならざるを得なかったのか」という本質的な問題が注目されていませんでした。私の研究の目的は、問題であるにもかかわらず社会的には無視されがちな、下層の労働者やホームレスの実態を把握することでした。
昔、大阪の日本橋でダンボール収集を生業とした70歳代のホームレスに聞き取りをしたときのことです。その人は身体もボロボロで野宿生活を続けていくことは難しそうに見え、年齢から考えても生活保護を受けることは可能だと思えたので「なぜ野宿生活を続けるのですか」と聞いてみると「猫がいるから…(この猫たちを見捨てることはできない)」といわれ、どうしようもないやるせなさを感じたことがあります。生活保護を受けるのなら、一緒に生活しているペットを手放さなければならない、猫がいる限り路上で頑張るというその人の想いを知り、調査自体がホームレスに対して余計なことをしているような気がしました。
こちらは正義感を持って調査をしているつもりでも、当事者にとってみれば余計なお世話で、こちらの行為が逆に迷惑をかけているのかも知れないと悩み、当時は研究をやめようかとも思いました。しかし、ものごとには必ず両面がある、研究を続けていくうちにプラスの面も見えてくるだろうと、研究を続けてきました。

 

ホームレスの背景にある社会構造の問題に注目

昔、指導教官がホームレスへの聞き取りをするために数百ものテントが並ぶ公園に調査のお願いに行った際、あるホームレスが「あれがわしらを喰い物にしているやつか」と大声で怒鳴り散らしました。その発言には驚きましたが、研究者も一つの職業であり、執筆した論文が「評価」されて職に就くことができるという意味では、その人の怒りも一つの真実であると思います。だからこそ、調査に協力してもらった人々の不利益にならないよう、彼らの側に立った成果を発表しなければならないと思っています。

 

大阪のホームレス支援団体などの協力により、今まで釜ヶ崎地区の調査を続けてきましたが、研究当初は1万人弱いたホームレスが現在では2千人近くにまで減少しています。しかし、ホームレスは貧困問題から生まれ、貧困の背景には労働問題が存在しています。ホームレスの人たちも何か悪いことをしたわけではなく、勤め先が倒産→転職を余儀なくされる→就職先がなく仕方なく日雇い→ホームレス というパターンが多数を占めているのです。「当たり前に生活していたはずなのに、気付いたらホームレスになっていた」というのは社会構造的な問題です。普通の生活をしてきた先に貧困に陥る人たちがいる。なぜそうなるのか、社会構造のどこに問題があるのかということを研究を通じて明らかにしていきたいと思っています。

『ホームレス・スタディーズ』青木秀男編著(ミネルヴァ書房:2010)。第4章に大倉准教授が執筆した「放置された不安定就労の拡大とホームレス問題」、『落層 野宿に生きる』森田洋司編著(日経大阪PR企画出版部:2001年)Ⅳに「置き去り」が掲載されている。

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