がん治療で誘発される 口腔粘膜炎に対し、動物モデルを用いて治療効果を検証する

渡邉 真一 准教授

がん治療で誘発される 口腔粘膜炎に対し、動物モデルを用いて治療効果を検証する

薬学部医療薬学科准教授
渡邉 真一 WATANABE Shinichi

●略歴
2004 年 3 月 摂南大学薬学部 卒業
2006 年 3 月 摂南大学大学院薬学研究科薬学専攻博士前期課程 修了
2006 年 4 月 愛媛大学医学部附属病院薬剤部(2015年1月~主任)
2007 年 8 月 愛媛大学医学部附属病院感染制御部(2015年4月~副部長)
2014 年 3 月 博士(薬学)学位取得(福岡大学大学院薬学研究科)
2018 年 4 月 愛媛大学医学部 客員研究員(現在に至る)
2018 年 4 月 松山大学薬学部 准教授(現在に至る)
2021 年 2 月 松山大学 学長補佐(現在に至る)


がん治療の背景にある重篤な副作用に着目

これまでに、歯科口腔外科を含む多くの病棟で様々な患者さんに出会いました。がん治療に伴う口腔粘膜炎の痛みに苦しみ、食事を摂ることもできない患者さんがいることを目の当たりにし、自分が思っていた以上に口腔粘膜炎は深刻な副作用だと実感。そのことがきっかけとなり、がんの化学療法や放射線療法によって誘発される口腔粘膜炎に関する研究を続けています。
近年、放射線療法や、がん細胞の特定部位にターゲットを絞って直接アプローチする分子標的薬などの新しい治療法の研究が進み、今では実際に臨床で使用されています。しかし、分子標的薬や、放射線療法には副作用として重篤な口腔粘膜炎が発症する場合がよくあります。殺細胞性の抗がん薬で発症する吐き気や骨髄抑制、脱毛などの副作用については1960年頃から研究が行われており、今ではある程度対処方法が分かってきています。とはいえ、口腔粘膜炎に関しては、1990年代後半から研究が始まったばかりで、そもそも口腔粘膜炎を研究対象にしている研究者も少ないというのが現状。しかし、口腔粘膜炎はがん患者の※QOLを著しく低下させ、治療そのものを阻害することにもなる深刻な副作用なのです。

※クオリティ・オブ・ライフ。患者の肉体的、精神的、社会的、経済的などすべてを含めた「生活の質」「人生の質」

患者のQOLの向上と治療の選択肢を広げる

がん治療で口腔粘膜炎が発症するメカニズムについては、ある程度明らかになってきています。がん細胞の遺伝子に限局して薬や放射線で攻撃しようとしても、どうしても周辺の正常な細胞も傷ついてしまい、細胞が傷つくとサイトカインなど炎症を引き起こす物質が細胞から放出されます。さらに炎症は細胞の入れ替わりが活発な粘膜器官に出やすいという傾向があります。
口腔内は約2週間で細胞が入れ替わるという、人体のなかでも新陳代謝の盛んな器官のため、必然的に抗がん剤や放射線による影響を受けやすい上に、もともとがん治療で免疫が下がっているため、炎症が進むと局所感染を引き起こすリスクが高まります。これが重篤な口腔粘膜炎が発症する理由です。口腔粘膜炎が重症化して食物を経口摂取できなくなると、全身状態が悪くなり、治療を中断しなければならない状態に陥ることも。そうなると、本来の目的であるがん治療も遅れ、場合によれば治療をストップせざるを得ない場合もあります。これは、患者さんにとっては副作用に苦しむだけで、本来の治療は進んでないというデメリットしかない状態なのです。
しかし、口腔粘膜炎の発生メカニズムはある程度分かってきているとはいえ、副作用を解決する方法はまだ十分に分かっていません。今までの研究から、細胞が傷つくのを防御する、炎症が起こるのを抑制する、傷ついた組織の回復を早める、という段階に応じた対応が必要と考えられるため、ハムスターやマウスなどの動物に口腔粘膜炎のモデルを作製し、その動物モデルに対して既存の様々な薬や化合物を用いることで治療効果や作用メカニズムの検証を行っています。ハムスターもマウスもとても可愛らしい動物ですが、医療の進歩には実験動物の存在が不可欠。動物たちの貴重な命を無駄にしないよう、日々研究に打ち込んでいます。

口腔粘膜炎を制御する治療法の確立を目指す

口腔粘膜炎を制御できれば、患者さんの痛みを取って楽にしてあげられるのはもちろん、治療の選択肢を増やすことにも繋がります。現在、私は日本がん口腔支持療法学会の理事と、日本がんサポーティブケア学会の粘膜炎部会委員を仰せつかっています。いずれも設立から10年に満たない新しい学会なのですが、それだけ口腔粘膜炎を含むがん治療時の副作用に対する関心が高まっていることを示しています。日本ではこれまでこの分野で確立された治療法がありませんでしたが、この2つの学会で共同して口腔粘膜炎に関するガイドラインの作成等を行っており、新たな治療法や予防法を提案することで、少しでも多くの患者さんに還元できればと思います。また、現在複数の企業と共同で新規治療法の開発にも携わっています。近い将来に世の中に出せるよう、これからも研究を進めていくつもりです。


口腔粘膜炎についての章を執筆・編集に携わった「がん薬物療法副作用管理マニュアル 第2版」と、所属している学会が出版した「がん治療に伴う粘膜障害マネジメントの手引き2020年版」。口腔粘膜炎の動物モデルの構築に関する論文は2014年に発表したもの。


この記事は松山大学学園報「CREATION」NO.211でご覧いただけます。

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