特別刑法における条文の解釈方法を検討することで社会の秩序形成に役立てる
法学部法学科教授
今村 暢好 IMAMURA Nobuyoshi
●略歴
2000年3月 明治大学法学部法律学科卒業
2002年3月 明治大学大学院法学研究科 公法学専攻 博士前期課程 修了
2007年4月 明治大学法学部 専任助手
2009年4月 明治大学法科大学院 教育補助講師
2011年3月 明治大学大学院法学研究科 公法学専攻 博士後期課程 履修単位修得退学
2011年4月 松山大学法学部 専任講師
2012年4月 松山大学法学部 准教授
2020年4月 松山大学大学院法学研究科 准教授を兼任
2022年10月 松山大学法学部 教授
我々の日常に身近な特別刑法という存在
〝どのような犯罪(=法で禁じられた行為を行うこと)を犯せば、どれだけの刑罰が与えられるか〟という、犯罪と刑罰の内容を定めている「刑法」という法典があります。これは六法全書に「刑法」の名称で掲載されていて「一般刑法」とも呼ばれているものです。しかし、これとは別に国が制定する法律や法令、地方自治体が定める条例の中にも準刑法のような位置付けで、犯罪およびそれに対する刑罰が定められている条文があり、それらを「特別刑法」と呼んでいます。
例えば、海洋保全のために定められた法律の中にある〝船舶は海に油を流してはいけない〟と規制する条文は、違反した場合の刑罰が記載されているため「特別刑法」にあたります。そして私たちの日常は、一般刑法より特別刑法に触れる犯罪に関わる機会の方が圧倒的に多いのです。
違法となる境界線が解釈により修正される
一般刑法において刑罰の対象となるのは、〝故意に行われた〟ということが前提として必要です。一般刑法の前半には条文の解釈の仕方について書かれていて、特別に定められている場合を除き、〝過失による結果は処罰されない〟ことが原則と定められています。つまり、盗む気はなかったのに、コンビニでうっかり間違えて他人の傘を持ち帰ってしまったような場合は、一般刑法上では犯罪とは認められません。そして現在の法学界では、刑罰が定められている条文(=特別刑法)に対しては、行政法規などの個別の法規違反であっても、傷害罪や詐欺罪といった一般刑法と同一の解釈方法を取らなければならないとするのが多数的な見解となっています。
しかし現実では、特別刑法の解釈に修正が加えられています。先ほど挙げた〝船舶は海に油を流すことを禁ずる〟と規制する条文の場合、船が故障して油が流出したとき、船主は「故意ではなく、故障なのだから仕方がない」と主張するでしょう。しかし裁判所では、この法律の主旨は〝海洋保全のため〟なので、一般刑法の解釈の原則は修正しなければいけない(故意でなくても罪になる)という立場が取られています。
違法薬物を運ぶ係は、薬物名を直接出さずに符ふちょう牒や隠語で取引をしている場合がほとんどでしょう。その場合〝麻薬を運んでいるつもりが覚醒剤だった〟など、思っている薬物と違うものを運んでいた場合は罪になるのか? という議論が出てきます。一般刑法だと〝故意に〟という要件が必要なので、中身を知らないまま運んでいるのなら犯罪にならないという解釈が成り立ちますが、実際には〝人体に有害なものを、なんとなく違法な薬物とわかっていて運んでいるのだから有罪になる〟と判断されています。つまり、特別刑法のなかには状況に合わせて解釈の方法が変えられている場合もあるのです。
社会の変化に伴い犯罪の定義も変わる
私は、一般刑法以外の法律分野に刑罰が定められている場合には、条文の解釈方法を修正したり、その法律がカバーする分野の背景などを考慮に入れたりして〝独自の解釈をする必要がある〟と考える立場から、「特別刑法」について固有の解釈理論を研究しています。特別刑法が〝どのような行為を、どのような場合に違法としようとしているのか〟、その境界線をはっきりさせるため、過去の判例が今にも通じているのかを調べています。
大昔の社会では、他人を騙して利益を得ることは当たり前に行われていましたが、時代が進むにつれて、良くないことだと認識され刑法に加えられました。経済成長が至上だった時代、大気汚染につながる行為は、現代とは違い、特に悪いこととは捉えられていませんでした。大きな社会問題になっている自動車のあおり運転やストーカー行為は、2000年以降に犯罪行為となりました。良くないこと、してはならないことや、犯罪の定義は時代によって変わっています。
〝絶対してはならない行為の基準線〟を示すのが刑法という法律ならば、〝イジメ〟や〝嫌がらせ〟などは、その大半がこの基準線を超える刑法犯となり得るものです。世の中が変化していくに連れて、この基準線は徐々に範囲を変えていきます。その変化は「特別刑法」という形で立法されることが多いので、特別刑法の解釈方法を研究することは、社会秩序の形成にわずかながらでも役立てるものと考えています。
『行政刑法論序説』(今村暢好著)のほか、『川端刑法学の歩み』(明照博章、今村暢 好編著)、『法学部における学びの視点』(松山大学法学部編集委員会編)。『法学部 における学びの視点』は法学の入門書として、学生に向けて書かれたもの。
この記事は松山大学学園報「CREATION」NO.215でご覧いただけます。