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2017年06月12日

型やぶりの発想と挑戦でつかみ取った成功

将来の方向性を考えて選んだ松山商科大学

日本酒のなかでもトップクラスの知名度を誇る獺祭(だっさい)。旭酒造の会長・桜井氏は、この獺祭の生みの親だ。山口県の山間部で生まれ育った氏が松山商科大学を目指したのは、「酒蔵を継ぐかもしれないから経営を勉強しておいたほうがいいかも」と漠然と考えていたからだという。「当時の松山市は広島市よりも華やかな街で、弓道部に所属した同期と練習や合宿に参加したことはいい思い出です」と当時を振り返る。

大学を卒業後、いったん就職し、後に石材卸業の会社を立ち上げ、年商2億円にまで育てたところで父親が急逝。酒蔵を継ぐために実家に戻ることになった。

おいしい酒造りを追求しついに生まれた「獺祭」

「酒蔵を継いだとき経営はどん底。10年間昇級なしで社員のモチベーションもゼロ。いつ倒産してもおかしくない状況でした」と語る。背水の陣で起死回生に挑み、迷走や失敗を何度も繰り返して気付いたのは”大事なのはおいしい酒を造ること””東京市場で勝負する”ということだった。そして試行錯誤の末に誕生した「獺祭」は、後に爆発的にヒットすることとなる。

「獺」という字は、酒蔵のある獺越(おごそえ)という地名と、正岡子規の雅号にも使われている松山にも縁のある字。獺祭が世界に認められたことで、山間の小さな酒蔵は社屋兼醸造所である14階建のビルに変身し、海外直営店をオープンするまでに成長した。

現在は社長職を息子さんに譲り、会長として会社を支えている桜井氏。「まだまだおいしい酒造りに向けて挑戦し続けますよ」と話す桜井氏と旭酒造に今後も目が離せない。

後輩へのアドバイス

誰もが心の中に”やるべきこと”を持っているはずです。自分を奥底まで見つめ、「本当に大事なことは何か、生きている意味はどこにあるのか、できることは何か」を探る。学生時代はそういうことを考える期間であって欲しいと思います。

 

旭酒造 株式会社
 会長
 桜井 博志 さん
 昭和48(1973)年3月 経営学部経営学科卒


この記事は松山大学学園報「CREATION」NO.193でご覧いただけます。

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