FOREFRONT
マツダイ最前線

歴史はどのように語られるのか、歴史とは一体何なのかを文学を通して探究する
イギリス人にとっての「ディケンズと歴史」
研究者が「ディケンズと歴史」について解明するのは、ディケンズが作品の内外で歴史をどのように描き、歴史に関するどのような考えを表現しているか、同時代の別の作家とどのような共通点や相違点があるか、同時代の歴史家や一般の人々がどのような歴史意識を持ち、そういった観方にディケンズがどう反応しているか、などといった点です。現在の小説家や歴史家が歴史をどう扱っているかについて、またフランスや日本の場合について射程に入れることもあります。
その一方で、現在の一般のイギリス人にとっての「ディケンズと歴史」は、ディケンズを通してヴィクトリア時代という過去を想起することだと言えます。客員研究員としてロンドンに滞在していたとき、その様子を見聞しようと、オフタイムを利用してあちらこちらに出かけました。そのうちの一つが、ロンドン北部のウォルサムストーです。ここには、かつての救貧院を改造した博物館があり、毎週日曜に、ディケンズ初期の代表作『オリヴァー・トウィスト』を、アマチュア劇団の方が朗読するというイベントが行われていたからです。この救貧院が舞台になっているわけではありませんが、『オリヴァー・トウィスト』はディケンズが救貧院の惨状を生々しく書き込み、1834年の新救貧法を痛烈に批判した作品です。ヴィクトリア女王もこの小説を愛読し、「何とか状況改善できないか」と大臣に詰め寄ったという逸話も残っています。つまり、この小説が朗読されるのを聴けば、聴衆(オーディエンス)はその場所が社会的弱者の収容所だった過去を、より鮮明に想起することができます。
- 矢次教授がロンドンでの客員研究員時代に撮影した写真の数々