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図書館

第14回松山大学図書館書評賞

受賞者<2014(平成26)年12月1日発表>

最優秀書評賞:該当者なし

該当者なし

優秀書評賞:西岡 佳子さん(人文学部社会学科1年)

カラフル〔請求記号 913.6/Mo〕
著者:森絵都 出版者:文春文庫 出版年:2007

「おめでとうございます、抽選に当たりました!」
生前の罪により、輪廻のサイクルから外されたぼくの魂が、天使業界の抽選に当たり下界でのホームステイのチャンスを得た。ホームステイとは、一定期間下界の誰かの身体を借りてすごすという修業。修業が順調に進むと、ある時点で前世の記憶を取り戻すことになっている。そして、犯した罪の大きさを自覚した瞬間にホームステイは終了する。
「そういうわけで、真くん」
 一通りのレクチャーをし終わると、天使のプラプラはうむを言わさずぼくの腕を引く。突然、床が抜けたような衝撃と、めくるめく下降感。うごめく極彩色の渦の中に飲み込まれていった。気がつくと、ぼくは小林真だった。ぼくがホームステイ先で出会ったのは、利己的な父、不倫をしていた母、無神経で嫌味な兄、援助交際をする真の初恋の人、真の描きかけた絵、高校受験、など憂鬱にさせるものだった。しかし、人々や小林真、自身の魂と向き合うことで、気の置けない友人ができ、家族とのわだかまりも溶けて行った。
「ぼくはぼくを殺したんだ」
 そんな時、生前の罪を思い出す。生き続ける不安や未来への期待を胸に、ぼくは世界にもどるため、一歩、足をふみだした。
 この本との出会いは、中学3年生の夏休みだった。何となく、ふらりと立ち寄った書店で「カラフル」という文字が目に入った。どきっとした。夢もなく、高校もどこでもいい、自分はどこへ行っても駄目なのではないかと思っていた。私の未来はモノクロ映画のようだと感じた。あれから3年以上も経った。全体的に文章は非常に軽やかで無邪気で、読み進めるほどに、私は再び引き込まれていった。そして、当時の思いがよみがえった。またどきっとした。その思い出に、繰り返される毎日に疲れ、飽き、モノクロの、今の私が更新された。そして、真の姿は私を映すようだ。生きることに恐れている姿に私は重なるような気がした。変わっている、非凡だと避けられたり敬遠されたりするのは怖い。しかし、つまらない、平凡だと見向きもされないことも怖い。他人が怖いし、孤独が怖い。「傷ついたり傷つけたりする人間じゃなかったら、ほんとに楽だった」かもしれない。しかし、作者は、恐怖や傷を抱えていない人はいないということ、自分を愛し人を愛すということを忘れなければ、世界がもっとカラフルになること、自分は何ものにも代えられない自分なのだということを、伝えたかったのだと思う。
 最後、読み切るととても晴れやかな気分になって、肩の力が抜けて軽くなる。これからも私は読む度に、過去を思い出し大切なことを教えられるのだろうと感じた。物語は、人生悪くないんだ、あなたはあなたでいいんだ、あなたには居場所があるんだと、優しくあなたに語りかけてくる。この物語の中で、自分が自分でいるために必要なものが見つかるはずだ。だから、このホームステイを多くの人に楽しんでほしいと思う。

審査員による講評

審査委員代表 法学部教授 村田 毅之

「カラフル」は、作者が児童教育の学校を卒業していることもあってか、少し背伸びした児童文学と言って良いような、読みやすい文体になっています。その文章を見習うように、非常に軽快で、読みやすい書評になっています。まず、その点が、今回の賞に輝いた理由ということができます。
 そして、最後の段落で登場するような、「・・・と、優しくあなたに語りかけてくる。」といった、是非とも読まなければと誘い込む文章に大きな魅力を感じました。欲を言えば、カラフルというタイトルの意味を、考え、示す必要もあったのではないかと思います。

佳作:川染 彗さん(人文学部社会学科2年)

変身〔請求記号:081/I6/32-438-1〕著者:カフカ作、山下肇 訳 出版者:岩波書店 出版年:1958

私は何者なのだろう。きっと誰もが抱く永遠の問いを読み始めた瞬間に叩き付けられる。「ある朝…」から始まる冒頭は世界的にあまりにも有名で、誰しもこの後に続く主人公グレゴール・ザムザの不遇を知っていることだろう。何故この本が世界的にも有名なのか、読んで終わった後でも釈然としない。そして、読みながら抱いていた疑問は解決しないまま心に滞ることになる。
 本書は変身を終えた主人公が、人間と虫との狭間で葛藤していくも、最終的には家族にも疎外され、死んでしまうという短い物語である。あたりまえの日常は一変し、価値観も崩壊した世界で主人公は、自分自身の存在を見つめ直していく。自分が自分でなくなる恐怖。自分が自分だと認識されない恐怖。この2つの恐怖を主人公の主観で描き、人間の醜い部分が浮き彫りとなるような作品となっている。
 中島敦の『山月記』や道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』など「変身」が主軸となる作品は幾つかある。それらの作品で共通するのが、自身は何者でどの姿が正しいのかという葛藤の中で、アイデンティティが崩壊していく様が描かれていることだ。今までの記憶自体が夢ではないかと思いながら、ザムザを救いのない世界へと導くのである。
 どこからが「私」でどこからが「私ではない」となるのだろう。昨日の私と今日の私は本当に同じ「私」であると言えるのだろうか。髪を切っても私であると、太っても痩せても私であると、爪を整えても私であると言えるのかもしれない。しかし整形したら、内臓を移植したら、輸血により体に流れる血がすべて変わったとしたら、それでも「私」であると言えるのだろうか。私を私たらしめているものは一体何であろうか、と自問していくにつれ余計に自分自身を見失うことになる。私が明日も明後日も私で居られる確証は何もない。それ程に変身しているか変身していないかの境界は、薄くて頼りないものなのかもしれない。
 虫として扱われることはないが、虫のように扱われることは日常的にもありうる。病気や人種などで突然不当な扱いをされることはよく耳にする話だ。この『変身』という作品は自身の存在を問うと同時に差別、偏見、排斥する人間の非情な冷酷さを鮮明に描き出している。人間の隠された心の脆さや脅威は時に人を変身させる。ザムザ自身の「変身」だけではなく、それを囲む人々の「変身(心変わり)」をも表現しているように思わせる。読後の言い知れぬ不快感やもどかしさが読者を更に戸惑わせることになるのだ。ザムザのように人間の奥底にある真実を見つめようとしては底なしの問いに陥ってみてはいかがだろうか。

審査員による講評

審査委員代表 法学部教授 村田 毅之

「変身」は、文章自体は特別読みにくいというものではありませんが、その内容をいかに理解するかについては、非常に難しいものということができます。そういう意味で、難しい小説に挑むだけあって、非常にしっかりした文章で、書かれています。また、「変身」をテーマとする日本の作品にも触れながら、この作品に描かれているところを、自分なりに、明確に示しています。
 必ずしも長くはない文章ですが、読者を、カフカの「変身」の世界に引きずり込んでいるところが、今回の賞に輝いた一番の理由ということができます。

佳作:額田 麻歩さん(薬学部医療薬学科4年)

薬剤師のモラルディレンマ 〔請求記号:498.14/Ma〕
著者:松田純、川村和美、 渡辺義嗣 出版者:南山堂  出版年:2010

私が描く私だけの物語があるとすれば、大学生時代の1頁は期待と不安、そして、図書館から始まった。
 私は文系から薬学部へ進学したハンデを克服するため、ひたすら真面目に勉強に励んだ。
 そんな私を支えてくれるように、図書館には今すぐ知りたい疑問に答えてくれるような専門書や参考文献がぎっしりと揃っていた。そして、いつか未来の私達が抱くだろう疑問に答えてくれるような本もあった。本書はその中の一冊である。
 薬剤師が出遭うモラルディレンマを具体的に取り上げ倫理的な判断を鍛え、未来の私達へと繋がる架け橋を構築してくれるような本だ。
 自分なりに目標と理想を抱いてはいたけれど、「薬剤師としてどうあるべきか」という更に踏み込んだ問いに言葉を詰まらせた時、的確な答えをくれる本だった。
 まず、CaseStudyでは、処方されている薬がなかった時、患者が服薬を拒否する時、在宅医療で未使用の薬が残った時など、もしもの時を問う。その後、ロールプレイング方式の会話で現実味を帯びた形で実際にその場にいるような気持にさせてから選択肢を選ばせ、その後、解りやすい解説を展開している。
「マニュアル以外の事態が起こった時、ケースバイケースで対応する柔軟さは持った薬剤師にならなければ、それに・・・・・・」
 常々、講義の中で感じていること、専門的な知識や判断力の重要性は勿論、常に患者の存在を念頭におき、倫理観と責任感を兼ね備える人間力が大切なのだと再認識した。
 第I部の薬をめぐる倫理と法を学ぶも大事なことだと思ったが、第II部のマニュアル対応ではなく倫理的な理由を考えるように導く部分に引き込まれた。患者との関係、医療スタッフや他職種との関係、現代医療に関わる、研究に関わる、対人関係を超える、5つのテーマのモラルディレンマが言葉を超えて鮮明に浮かび上がってきて、本の中のような事柄に直面した事態を想定して、自分ならこうすると友達と真剣に議論を交わしたりもした。
本の中の問いかけが、あたかも自分がその場に身を置き体験したことのようにリアルに判断を求める構成はとても優れている。
 「をとゝひのへちまの水も取らざりき」                  
正岡子規の絶筆である。喀血した自分自身をホトトギスになぞらえ子規と名乗ったように彼は肺結核に苦しんでいた。当時、結核は功を奏す治療も薬もない不治の病とみなされていて、痰をきり咳に効くと信じて糸瓜の水を飲んでいたのだろう。
 現在なら抗結核薬があったのにと痛ましく思ったが、病は様々で薬も万能ではないし、どんな薬でも服用には注意を要する。
 本書を読みながら、ふと、子規が辞世の句に辿り着くまでの気持ちを考え、患者の心情に寄り添うことの重要性を感じた。
 図書館の窓からは青く澄んだ空にぽっかりと浮かぶ白い雲が見えた。そう、この松山で、子規の故郷で私達は薬剤師になる!
 本書で学んだことを胸に険しい道を乗り越えて行きたいと心に誓った。

審査員による講評

 審査委員代表 薬学部教授 牧 純

この筆者はもともと文系コース出身で現在薬学部に学んでいる学生らしく、読書習慣のある学生の文章と読めた。自分自身の状況を把握した上で、忙しい薬学部の学生生活に読書生活を組み入れつつ有意義な毎日を送っている様子がうかがえた。
 薬学は以前なら、「物質の面からヒトの健康に奉仕する学問である」との定義で片付いたが、今日では倫理と人間性の分野にも深く踏み込んでゆくことが求められている。この筆者はこのことをいち早く認識していたようで、この本を読み込んだ背景のようなものがうかがえる。それが端的に現れているのは文中「患者を常に念頭におき倫理観と責任感を兼ね備える人間力」の部分である。その具体的なケースも示されており、抽象論に終わっていない。
 本書に関連の授業が全国の薬学部に開講されて久しいが、積極的にさらに読み学ぼうとするこの筆者の姿勢も高く評価される。最後に、愛媛らしい筆致のエッセイ風によくまとめられている爽やかな文章である。

審査員による全般的な講評

審査委員長 人文学部准教授 寺嶋 健史

電車やバスに乗るやいなやスマホを取り出し、こまめに指を動かしながら必死に何かをし始める。周囲の乗客までもが小さい画面にくぎ付けになっている光景は滑稽極まりない。車内で本を読む人の姿を見かける機会はほとんどなくなってしまいました。その一方で、本学図書館書評賞に応募してくる学生がそれなりにいることは本当に喜ばしいことです。
 応募作品数についてですが、去年の12編に対して今回は30編に増えました。今回の応募作品全体を見て気づいたことは、特に病気や生死に触れた作品と比較的馴染みのある小説や童話を扱った作品が多かったことです。
 今回に限らず毎回の全体講評で指摘されていることですが、書評を書く際の注意点を簡単におさらいしておくことにします。まずは、書評は単なる読書感想文ではありません。個人的な意見や主張を述べるに留まり、その「書」を「評」していないことがよくあります。次に、表現方法や使用語句についてですが、内容的には非常にいいことを書いてくれていても、「~と思う」「思いました」という終わり方や「~なもの。」の体言止めなどの多用があると、全体的に稚拙に見えるだけでなく、評した作品が薄っぺらいものであるかのように思われてしまいます。そして、その本の内容を段落毎に要約するだけで終わってしまっている場合も時折見受けられます。さらに欲を言えば、段落づくりや漢字表記の統一など形式的なこと、さらには書面全体の仕上がり観である「見た目」にも気を配ってほしいところです。書評とは、その本の魅力を伝え、是非とも読んでみたいと思わせる内容でなければなりません。以上の点に留意することで、たとえ既に読んだことがある本でも、もう一度読み返してみたい気持ちにさせるような書評に仕上がるはずです。
 最後に、残念なことを1つ挙げさせてもらいたいと思います。今回の応募作品の中に、明らかに盗用により作成されたと思われるものが見つかりました。盗用は著作権侵害です。一人がこのような心無いことをすることで、真面目に取り組んでいる他の投稿者も疑われてしまいかねないだけでなく、図書館書評賞への信用を汚すことになります。そこで、まずは引用と転用の違いを理解しなければなりません。引用する場合にはその規則に則り、自分の意見とは別に示す必要があります。当たり前のことですが、ルールを守って真摯に取り組む姿勢を忘れないでください。
 以上様々な観点から全体的な講評をいたしましたが、この書評を読んでくれた皆さんには、入賞作品で紹介された本を是非読んでみて頂きたい。電車やバスに乗った際に、揺られながらその本を開いて読んでみてはいかがでしょうか。

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