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図書館

第20回松山大学図書館書評賞

受賞者<2020年12月1日発表>

最優秀書評賞:該当者なし

該当者なし

優秀書評賞:石川 晴菜さん(人文学部社会学科1年次生)

「何者」(新潮文庫) 請求記号:081||S 15||10268

著者:朝井 リョウ 出版社:新潮社 出版年:2015

「何者」表紙に書かれた大きなタイトルを見て、自然とこの本に興味を持った。「自分は何者なのか」これはきっと誰でも一度は考えたことのある疑問だろう。

本書は、就職活動を通して、自分は何者なのかを改めて考えさせられる話である。主人公の拓人は、同居している光太郎のバンド引退ライブを見に行く。その会場で、留学から帰ってきた瑞月と再会した。その後、瑞月の友達である理香と理香の彼氏である隆良が同じマンションの1つ上の階で同居していることを知る。そこで就職活動を控えた5人で就活対策を始めることになった。考え方も性格も全く違う5人が「何者」かになるために試行錯誤する。何度もエントリーシートを書き、面接練習をし、実際に受けに行く日々が続く5人だが、簡単には内定をもらえない。徐々に方向性の違いや焦りから表に出さなくとも険悪な雰囲気になる。人は、誰しも心のどこかで自分は間違っていない、自分が一番でありたいというような気持ちを持っている。就活を通してあらわになる心情にリアルな人間味が感じられ、すらすらページが進んだ。

そんな中、物語が動く。瑞月の内定が決まり、5人でお祝いすることになったときのことである。プライドが高く、上手くいかなかったら他人事のようにふるまう隆良に対して、瑞月が厳しくもためになる言葉をかける。「生きていくことってきっと、自分の線路を一緒に見てくれる人数が変わっていくことだと思うの」この言葉を聞いて、私も納得した。小さい頃は周りの人が一緒に考えてくれて、責任を負うことも少なかった。しかし、大人になるにつれて一緒に考えて責任を取ってくれる人は減り、自己判断をする機会が増える。もう他人任せにはできないという瑞月の大人な考え方は読者にも刺さるはずだ。

さらに、ラスト30ページ、強く物語に訴えかけられる。あることをきっかけに理香は、以前から溜まっていた思いが遂に爆発する。理香は、拓人が人を観察しては嘲笑していることを指摘する。そこで拓人はなぜ内定がもらえないのかに気づかされる。最後は、「何者」かになろうとせず飾らない姿で面接に挑む。果たして無事内定をもらうことができるのか。5人が次第に成長していく姿が描かれた作品である。

本書を読むまで、私自身もいつかそのうち変われると思っていた。しかし、「私たちは何者かになんてなれない、カッコ悪い今の自分を理想に近づけるためにがむしゃらにあがくしかない」という言葉に現実を突き付けられた。完璧にできなくてもとにかくやってみること、その行動力が大切だと感じた。読後は重い気持ちになったが、強く共感できる内容であった。物語の伏線が上手く、飽きずに読み進めやすい作品となっている。ぜひ読んでみてほしい。

 

審査委員による講評

審査委員  経済学部准教授 小西 邦彦

就職活動を通じて繰り広げられる5人の若者の物語を分かりやすく説明できており、文章表現もレベルが高く、非常に読みやすい書評としてまとまっていました。また、物語の登場人物と同年代である評者ならではの視点で自身が感じたことや本書の魅力がバランスよく書かれており、この書評を読む人達に本書の良さを伝えることができている書評であるといえます。

佳作:今村 麻衣さん(人文学部社会学科2年次生)

「殺人出産」(講談社文庫) 請求記号:913.6||Mu

著者:村田 沙耶香 出版社:講談社 出版年:2016

あなたには、殺したいと思う人はいるだろうか。主人公の育子が住む世界には、殺人出産システムが存在する。このシステムは、10人産んだら1人殺してもいい、とするシステムだ。殺人出産システムで殺人をする人は「産み人」と呼ばれ、崇められるようになる。産み人から生まれた子供は、新生児の10%を占めるようになっているほどである。産み人という正しい手続きを取らずに殺人を犯した人は、「産刑」という最も重い罪が適用される。男は人工子宮を埋め込まれ、女は病院で埋め込んだ避妊器具を外され、一生牢獄で命を産み続けなければならない。産み人に殺される人は「死に人」と呼ばれ、一か月の猶予が与えられた死に人は、その日が来ると連れて行かれ、全身に麻酔をかけられて、産み人と二人で窓のない白い部屋に閉じ込められる。そこから先は産み人の自由であり、半日後遺体は遺族のもとに引き取られる。死に人の葬式は普通の葬式とは違い、参列者は白い装束に身を包む。遺族には、私たちのかわりに死んでくれてありがとうございますという意味を込めて、参列者はお礼を言う。育子の姉、環は産み人であり、育子は環の付き添いとして殺人を手伝うことになるのだった。

殺人が合法とされる世界。とても異質であり、現代の私たちの常識からは考えられない。早紀子という女性は、殺人出産システムに異を唱えていた。しかし育子は今の人類にとっては、命を絶やさず、増やしていくことこそが倫理なのではないかと言い放つ。1人殺される一方で、10人の新しい命がうまれる。人口減少に歯止めがかかり、殺したいと思う人を合法で殺すことができる。産み人は、殺意という大きなエネルギーをもとに、新たな命を生み出し続けるのだ。

 殺人は悪だ。現代の日本を生きる誰もがそう思っている。しかし、この殺人出産システムを前にして、このシステムを正面から否定できる人がどれほどいるだろうか。本書を読んだ後では、今後殺人出産システムが取り入れられてもおかしくないのではないかという感覚にさえ襲われる。育子と環は早紀子を殺しながら、「なんて正しい世界の中に私たちは生きているのだろう。」と考える。この世界の中では、私たちの考える正しさなど通用しない。絶対悪のはずの殺人が合法になり、殺す人は崇められるのであるから、もはや何が正しいのかわからなくなってくる。

 殺人出産。本書は、狂った世界観の中で、私たちの正しさがどれだけ不確かなのか教えてくれる。本書は、殺人に対する私たちの概念を、いとも簡単に破壊する力がある。

 

審査委員による講評

審査委員  経済学部教授 渡邊 孝次

今とはまったく違う世界を描いた小説を紹介しています。子どもを10人産んだら、任意の誰かを殺す権利が得られる、そういう社会です。人口減少を止めるにはそれしかないと、未来の社会が判断したという設定です。盲点を突かれるような発想ですが、この書評は、この世界に誘うのにほぼ成功しています。だから選ばれました。実際、評者も原作を読みました。読者の怖いもの見たさを煽るような、意外性をたたみかける調子に乗せられたからです。その意味では、書評の役割を十分果たしていると思います。

しかし、原作を読んで思ったのですが、この小説には「殺人が合法化されたら?」という問い以上に重要な論点がいくつも含まれています。誰かを殺す権利で釣らなければ誰も子を産まない、という設定もそれでしょう。少子化の主要因は産む苦しさではなく、産みやすい環境を作らない今の政治にあるのではないでしょうか。また、憎い人間を殺したい執念で10人産むという設定のわりには、主人公の「環(たまき)」にはそういう特定の相手がいません。では一体、彼女を「産み人」にした動機は何なのでしょうか?

色々反論はできますが、原作を読ませ、より深く考えさせる案内役を果たすという意味で、受賞に値すると判断しました。

審査委員による全体講評

審査委員長 薬学部准教授 中村 真

今回の図書書評賞には16作品(15名)の応募がありました。これらの書評のうち、8作品は小説に関して、8作品は社会問題に関する本に関して書かれたものでした。2020年のコロナ禍に見舞われた特殊状況下で、図書館書評賞にチャレンジした15名の学生諸君の熱意と努力に敬意を評したいと思います。

さて、今回は最優秀書評賞の該当作品が無かったわけですが、そもそも「書評」って何なのか考えてみたいと思います。みなさんは、最近、書評を読んだことがあるでしょうか? 一般的に見かけるのは新聞の書評欄でしょうか。それらの多くは新刊の書籍を知らせるもので、書評を書いているのは著者の関係者であることが多いと思います。新聞の書評を読めば、その新聞社が“読む価値あり”と判断した書籍に出会うことができます。私がよく読むのは、ある週刊誌の書評欄で、そこでは複数のコラムニストが数冊の本を毎週紹介しています。“複数の”というのがひとつのミソで、自分の趣味趣向と一致するコラムニストもいればそうでないのもいるわけです。信頼できるコラムニストの書評は、私が本を探す上できわめて役に立つ情報となります。私が考えるに「書評」には読者にその本を“読むに値する”と考えさせる力が必要なのではないでしょうか。その前提として、その書評そのものが容易に読むことができる(=文章の欠陥が無い)、本のストーリー(あるいは内容)が魅力的かつコンパクトにまとめられていることが必須であると思われます。その上で、あなた自身の読書遍歴の中でのこの作品の位置づけとか、この本が扱うトピックスに関する知識の豊かさなどが読者に伝わらないと、“読んでみようという気をおこさせる”ことはできないのではないでしょうか。要するに「書評って、なかなか奥が深い」ということになります。

ちなみに、私は書評審査を終えたあとで、浅井リョウ著「何者」と村田沙耶香著「殺人出産」の2作品をamazonで購入した次第です。私にこれらの本を引き合わせて下さった、石川晴菜さん、今村麻衣さんに心から御礼を申し上げます。我々審査員一同は、来年度こそ最優秀書評賞を選出したいと考えています。みなさんも図書館書評賞2021に向けてどんどん読書に励んでください。おっとその前に、新聞の書評欄も読んでみましょうね。

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